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だけど、清子は嘘吐きが嫌いだからと言って、自身も嘘を言わない。方便だなんてお茶を濁したりしない。いつだって訊かれた事には真面目に答えていた。
だとしたら、この手にあるものは「子消し」。
声にならない微かな悲鳴を上げて、春香は床にこけしを放り投げる。
ごとん、と重さを伝える振動と大きな音が部屋に響く。ごろりと転がったこけしは、春香の方に顔を向けて笑った。
怖い。
春香の背中に虫が這うような怖気と、先程のものとは比べようもない、はっきりとした嫌悪感が這い上ってくる。
加奈子には悪いが、やはり怖いものは怖い。彼が――敦が帰ってきたらどこかに捨ててきて貰おう。春香はそう決めて、こけしの顔が見えないように、包み紙を被せた。
紙を濡らして顔にぺたり――
清子の言葉が反芻される。
「違うったら!」
春香は誰もいない空間に怒鳴った。
動悸が苦しい。
春香は携帯端末を掴むと鞄に投げ入れる。一人でいることが怖くなって、部屋から飛び出した。だが、玄関のドアの前から足が動かない。
このまま外に出ても行く当てがない。何よりも、ホラー映画のように得体の知れない何かが、外に出た途端に襲ってくるのではないか。こけしの呪いのせいで階段を転げ落ちたり、事故に遭ったりしまうのではないか。そんな想像が脳内を駆け巡る。
怖い。
春香はお腹を抱えてしゃがみ込んだ。鞄を落とした拍子に携帯端末が軽い音を立てて滑り出る。加奈子と色違いにした緑色のケースに小さな傷がついた。
「加奈子……!」
まだ近くにいるかもしれない。春香は加奈子に電話をかけた。
運転中なのか、すぐには出ない。5回目のコール音。そして留守番電話サービスセンターへと繋がる。
伝言をいれず、春香は何度も何度も繰り返しかけた。だが、何度かけても加奈子の声は聞こえてこない。
これだけ鳴らせば幾ら運転中だとはいえ、異常事態に気がついてくれるはずだと、春香はかけ続ける。
「加奈子……どうして出てくれないの……ッ」
10回目の留守番電話サービスの音声に、春香はかけるのを止めた。
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