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青年はこの少年をよく知っていた。
ほんの数秒前までこの命を失った塊は、生きていた。生きて男の事をこう呼んでいた――、
「おとうさん」
――と。
走馬灯のように青年の脳裏に浮かんだのは、少年を腕に抱いた初めての日のこと。
その日はとても悲しい日だった。男にとって大事な人がいなくなった日だから。
大事な人がいなくなった日にその子は生まれたのだ。大事な人の命と引き換えに。
けして手放さないと心に決めた。何があってもこの子を無事に育て上げると。大切な人の望み通り、人間として育てあげると。それが、大事な人を助けられな かった自分に出来る愛の示し方だと。
けれど、女の形見でしか無かった子供も気がつくと女とは別の独立した存在となっていた。男自身の大切な宝物の一つに。
笑ってくれれば嬉しくて、その笑顔を守りたいと思った。
――守りたいと思っていた。
腕の中に小さな体を受け止める。生ぬるい感触が男の指の隙間から流れ落ちていく。まだ体は温かかった。
六つ――。
病弱でこの歳まで生きて来られるのかも怪しかった。風邪を引けば隣の町まで走って病院に連れて行った。体調を崩すたびに、病院へと走った。やっとの事で繋いで来た命。父親と呼んでくれたあの日。
血のつながりも越えて、守りたいと願った命。
それが今腕の中で、急速に温もりを失っていく。
「父さん!」
びくりと肩を震わせて青年は振り向いた。視界の先にいたのは、青年によく似た少年だった。十二、三歳の少年もまた青年の息子の一人だった。揃いの制服を着た男たちに手足を抑えられ、頭に銃を突きつけられている。
咄嗟に体が動いていた。
――この子まで失うわけにはいかない。
だが、男が傭兵達に立ち向かう意思を示すかのように一歩踏み出そうとした瞬間、少年に向けられた銃の引き金がぴくりと動いた。
引き金を引こうとしている。
「父さん! 後ろ!」
少年は構わずに叫ぶ。もがきながら、必死に父親である青年に向かって。
鈍い衝撃が、腹部に走った。息子の警告でガードが間に合っていた為、数メートルの距離を殴り飛ばされる程度で済んだが、攻撃を凌ごうとした腕があらぬ角 度に曲がっていた。砕けた骨が肉を突き破って顔を出している。
「……一撃を受けて、その程度で済むか」
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