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息子だけは、息子だけはと足にしがみつく青年の形相は今にも泣きだしそうだった。けれどもその瞳から涙が零れおちることはやはりなかった。
命乞いを嘲る周囲の声が一層大きくなったが、しがみつかれていた巨漢は静かだった。
「……奇形種でもそんな言葉を吐くんだな」
静かな声で男に問いかける。
「見逃すと思うか」
巨漢の声が低く、聞き取りづらくなる。青年は相手が攻撃する事を躊躇い始めたことに気がついた。分かってもらえるかもしれないと淡い期待が胸を過ぎる。しがみついたまま顔を上げて、声を張り上げる。
「それでも、頼む」
曲がらない瞳。真っすぐな瞳、哀願する瞳は青く澄んでいた。
面食らった顔で、巨漢は立ち尽くす。
「どうして――、戦おうとしない。あんたの力なら俺なんて簡単に殺せるんじゃないのか」
答えは考えるまでもなかった。
「それが約束だからだ」
揺らぐことの無い強い口調と眼光を受けて、一瞬だけ巨漢の瞳が揺れた。間を置いて、「約束しよう」という声が青年の耳に飛び込む。
「せめてあの子は見逃してやろう、俺が守ってやろう」
巨漢はそういって、青年の頭に手をかけた。巨膂力は受けた攻撃の数で知っている。このまま手に力を入れられれば簡単に頭は砕かれてしまうだろう。
それでも構わないと青年は思った。息子が助かるのならそれでいいと。
巨漢が手に力を込めるのと、男の後ろで発砲音がしたのは殆ど同時だった。
「な、ちょっと待て」
慌てたように巨漢が叫んだ。頭から手を離し、振り返る。
青年もそれにつられたように振り返った。そして、目を見開いた。
地面を彩る潜血が男の視線を引きつけて離さなかった。
地面に押し付けられていた少年の頭が、真っ赤に染まっている。さっき危ないと叫んだばかりの我が子が。
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