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「見せしめは一人で十分だろう」
男が何か叫んだが、青年の耳には届かなかった。
横たわった躯をじっと見つめる。ぴくぴくと痙攣する腕はまだ生のある証ではなく、ただの生体反応。一瞬で守りたかったものは、二つともただ躯と化した。
「持ち場を離れないでください」
「何をしてるんです。早く奇形種にとどめを」
男は髪を描き上げて舌打ちする。そして烈火の如く襲いかかってくるに違いない青年を警戒し臨戦態勢に戻ろうとして拳を解いた。
茫然としたように立ち尽くす青年の眼は虚ろだった。力が抜けたように肩を落とし、見開いたままの瞳から零れ落ちていたものは――。
太陽の光がこぼれ落ちるかのように、金色の光が雫となり青年の頬を伝っていた。落ちた光は男の膝の上で砕けて粉となり消える。はらりはらりと零れ落ちる雫は止まることがなかった。
ゆっくりと立ち上がり、男は歩きだした。ざわめきだっていた村の人間達が、一斉に口を噤む。誰一人として危害を加えようと立ち止まるものはいなかった。落ちる度に弾けて消えていく光は止まらない。
事切れていた下の子を拾い上げて、青年は今殺されたばかりの上の子の元へと歩いた。青年の歩く道から人々が遠ざかり、そこには開けた道が出来た。 青年は二人の子を自分の腕に抱きしめると、堅く目を閉じた。
「ごめんな、約束を――破らせてくれ」
一言呟いて、男は笑う。
呟きと共に広がる白い翼。
周囲の人間達は唖然としてその光景を見ていた。広がって行く白い翼はあたかも神話に出てくる天使のようで、暖かく優しい光を放っている。
四枚目の翼が開く。金色の光が輝くとき、その場にいる全ての者が武器を落とした。温かな光は、胸に浸透し、その場に居るもの全ての傷を癒した。
滅びと破壊の力を持つ奇形種に決して宿ることの無い筈の光を放ちながら、男は笑う。悲しく、そして優しい笑顔で。
「愛しているよ」
命を失った二人の子供に呟いた。
まばゆい光となって青年の体は霧散していく。その姿は神話に出てくる天使のようだった。傷を負った者達の傷が急速に癒えていく。
青年は形がまだ残った掌でそっと子供達の頬を撫でた。
「俺は先に行く、お前たちはまだ来るんじゃないぞ」
強く二人の体を抱きしめる腕もまた光となって消えていく。光は抱きしめた亡骸に注ぎ込まれていく。
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