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一章
梅雨上がりの夜は、なぜこんなにも清々しいのだろう。
程よく濡れたアスファルトの匂いと、水たまりに反射した美しい満月。心地良い柔らかな風が、通り慣れた夜道を少しだけ豪華にしてくれている。
「いい雰囲気だ……」
喜びの言葉の割に、浮かない顔でそう呟いた。
これが昨夜だったなら、どれほど優雅な帰宅時間になっていたのだろう。
なぜならバイト先の――居酒屋の――店長に、「お前は本当に使えなくなったな」と戦力外通告を受けた矢先の話である。
一層の事、バイトをクビになってやろうとも思い立ったが、自宅から程よく通勤出来る都合の良い職場が他にはない。
だから、現実はやむ終えず平謝りしてきたのだった。
5年前、彼女が生きていた頃には全てが上手くいっていた。
あの頑固で口の悪い店長さえも、「見込みがあるからいずれ正社員になってくれ」とお墨付きを貰えるほどに。
今では新入りの小間使いに当てられる日々が続いている。
皿洗いはもちろんのこと、生ゴミの処理やトイレの掃除まで。
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