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「あんたってやつは本当に意気地がないねえ、霜跡」
バイト先の女上司、魚之瀬(うおのせ)いさりは呆れ顔で言った。
この定食屋『アンチーブ』は言わずと知れた地元の有名店で、お昼時には平日休日を問わず沢山の客で賑わう。彼らに出す食事をほぼ全て一人で捌ききってしまう名物店主こそが、魚之瀬いさりさん。彼女のことを常連客は揃って姉御と呼ぶ。短髪で化粧っ気がなく男勝りなのに、天然素材の美人と謳われるいさりさんには熱心なファンも多い。
土曜昼間の書き入れ時を過ぎたので、いつものように中休みを貰ってカウンター席に座った。烈火のようなランチタイムの多忙さにも、一年以上働いていれば慣れてくるものだ。業務用の冷蔵庫奥で冷やしておいた缶ジュースを机に乗せて、しっかり固定したうえでタブに力を入れる。ぷしゅっ、という缶入り飲料ならではの開封音に癒された。
それと同時に俺自身の気も抜けたのか、先日駐輪場で味わった苦渋について細かに喋ってしまったのだった。ほぼ一から十まで詳(つまび)らかに話してしまったのち、それまで黙って聞いていたいさりさんが言い放ったのが、冒頭の台詞である。
「途中までは武勇伝の自分語りかと思って不愉快だったが、最後まで聞いたらさらに上を行く不愉快さで吐きそうだ」
「いさりさん、もう少しオブラートに包んでほしいです」
「これでも充分包んでいるつもりだけどね」
オブラートが薄すぎる。
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