七限、特活。(一)

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 ホームルームを終えてから少し時間を潰したのち、駐輪場へと足を運ぶ。元々俺は自転車通学な上に部に所属しておらず、この行動には何の違和感もない。普段と変わらない生活の一工程。異なる点があるとすれば、あの令嬢が呼び出されていることを知っている点くらいのものだ。はっきり言って野次馬紛いの行為に及ぶ気など更々ないから、その情報も全く無駄なものでしかない。  だが気にならない、とも言い難い。これは罪悪感に近いものだ。知っているのに知らないふりをするのはただの悪。そして悪であればこそ、俺は受け入れられる。  きっとその現場を見たとしても、俺は眉一つ動かさずそこから離れられるだろう。  駐輪場裏に近付くにつれて、気配が濃くなる。複数人が喋っている声が聞こえる。あいつらだ。さらに距離が近くなると、その声が罵声であることがわかった。 「ねえ、あんたC組の文化委員やってるんだって?」 「人前で滅多に喋らない癖になんでやろうと思ったの?」 「やる気ないなら立候補すんなよ。クラスメイトの迷惑になるから」 「あはは、ほんとそれ。邪魔者の分際で出しゃばり過ぎ」  明るげな口調には優しさなんて微塵もなく、ただいたぶるように言葉の棘を刺す。その刃先を向けられている彼女の顔が見える。俯いているが間違いなく、さっきの令嬢だ。徒党を組んでいる女子たちはこちらに背を向けているから判別はできないが、彼女を呼び出した連中に違いないだろう。  これは疑いようもなく、いじめだ。あらゆる共同体で幾度となく繰り返され続けている、忌むべきでありながら失くしようもない、少数者への排斥行為。社会的に問題視されたところで、所詮は他人事の檻に囲われた解決しない課題。反吐が出る。  令嬢の鞄が連中の一人に奪い取られた。「せっかくだし何か借りてくかな。もちろん期限はないけど、いいよね」ごそごそと中身を漁り、取り出したのは小奇麗な縁取りの手鏡だった。「これにしよっと」「えー、そんなんでいいの?」「この前割っちゃったばっかりでさぁ。ちょうどよかったんだよね」  無造作に鞄を放り捨て、徒党は満足したようにその場を去っていった。鏡を取り出した、おそらくはリーダー格の茶髪セミロングが、傍観していた俺を睨んだ。それだけが彼女らと俺との接点となった。
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