七限、特活。(一)

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 明確な区切りがついたわけでもなく、搾取は終わった。いじめる側にとってはその場だけの行為かもしれないが、いじめられる側は常にその脅威に苛まれる。いじめというのは、そういうものだ。加害者の拳の痛みなど、被害者の苦しみと比べれば瞬き程度でしかない。その齟齬が、より両者の溝を深めていく。始まりが何だったかなどは関係ない。弱者への排斥は、始まってしまった時点でどうしようもなく悪意に塗れている。  俺は、彼女に声をかけようとは思わなかった。いじめの巻き添えを食うことを恐れたわけではない。一つは女子グループのいじめに男が関わったところで状況が好転しないのを知っていたから。もう一つは、俺にはついに彼女がいじめられているとは思えなかったからだ。  地面に転がる学生鞄の前にしゃがみこむ、薄幸の少女。いじめが自分に対して行われているのに、彼女は俯いたままで一切表情を変えていなかった。無関心とも違う。あの中傷や搾取が、まったくもって効いていないように見えた。まるで、とっくの昔に痛みを感じる部分が壊れてしまったかのようだ。  いったい何が彼女をそうさせたのか。興味が湧いた。けれど話しかけるのは今じゃない。同情する余地なんてないのだし、変に勘違いされるのも気に食わない。俺も案外さっきの光景に衝撃を受けていて、正常な思考ができていないのかもしれない。ほとぼりが冷めるのを待とう。そのほうがいい。別にあの令嬢に怖気づいているとか、百歩譲ってそんなことがあり得るとして、今はその時ではない、というだけだ。  かくして俺は彼女に一度も視線を合わせることなく、駐輪場を後にする。自転車の後輪を溶かすような昼下がりの熱が、陽炎となって街に横たわっていた。
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