灼熱、帰路。(一)

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 古代中国の思想家、荀子曰く「人の性は悪である」という。  人は生まれながらにして利益を追い求めるようにつくられており、それによって争いが起こり、譲り合いの精神は失われる。だから人の性を信頼せず、自らの心によって善悪を判断するのがよい、という考えだ。  いわゆる性悪説だが、これが二千年以上前から思想として存在していたこと自体が衝撃的だ。太古には既に人間の思想は大成していたのか。もしかすると人類は既に衰退を残すのみなのではないかとさえ思える。そのくらい、ずっと昔に完成したものが現代においても道理として通用するというのは、比類ないほどに素晴らしいことだ。  ところで俺は性悪説を支持している。人間は悪い奴だと考えるのは楽でいい。他人を信頼してリスクを負うよりは、最初から信頼しなくて済むほうがずっといい。  人間の本質を悪だと思っていれば、多少のことではショックを受けたりしなくなる。日夜報道される悪辣な事件、鬼畜な殺人にも、そういうものなんだと流すことができるようになった。俺はこの思想に救われたし、きっと人間のあらゆる悪事は性悪説で解釈ができると思っている。悪事がなくなるときとは、人類がこの世からいなくなるときに違いない。  いじめも、立派な悪事の一つだ。俺には到底理解できないけれど、他人を貶めることは利益に繋がるのか。競争を生むようにできている人間は、誰かより優位に立つことを本能的に求めるからかもしれない。どちらにせよ、いじめはなくならない。
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