灼熱、帰路。(一)

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「あんたが謝る必要はないだろ」  令嬢は驚いている。俺も驚いた。あれだけの罵詈雑言を浴びても眉一つ動かさなかった彼女が、ここに来て大きな瞳で俺を眺めている。近くで見てもやはり綺麗な顔立ちをしていた。掴んでいる腕も人間のパーツにしては軽い。浮世離れしている、という表現がしっくりくる。  土下座しかけていたのを止めたことまでは良かった。だがその後のことは考えていない。つい勢いで横やりを入れてしまったものの、いじめグループを改心させるような語録の備えはないし、言いくるめるための上手な詭弁の扱い方も知らない。彼女らが唖然としているうちに自転車で逃亡を図ったほうが現実的。だがこの子の腕を離して置いていくわけにもいかない。やってしまったからにはどうにかして場を丸く収めなければ。  一方的な搾取行為を阻害されたのだから、当然いじめっ子たちは怒っているだろう。あの罵詈雑言の対象が今度は俺になるのかと思うと顔が強張る。視線が鋭利に突き刺さっている気がする。メンタルが痛い。  心的外傷を負うことを想定に入れてから、視線を令嬢からいじめの主犯格、茶髪セミロングに移動させる。睨まれる覚悟はしていたが、実際はもっと強烈な殺意を帯びた眼でこちらを刺し穿っていた。俺もしかしてこの人の親殺してたんじゃねえのとまで錯覚するほど、それはそれは怨嗟のこもった表情であった。  正直言って泣きたかったが、そうもいかない。女の子の前で涙を見せるタイミングは断じて今じゃない。せめてこの場が落ち着くまで、頑張れ俺の涙腺。 「この前も見てたよね、オマエ」  ドスの利いた声でお前呼ばわりされた。怖い。 「なんのつもりか知らないけど、善人ぶるなら相手を選んだほうがいいよ」 「そうかもね」自然と口が動いた。「でも君らは見るからに悪人だな」  精一杯の虚勢を張ってやる。明らかに面倒なことに首を突っ込んだ以上、がむしゃらにでも目的は達せねばならない。加害者に対して被害者が謝ることだけはあってはいけない。
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