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そういえば酒の席でそんな話になったことがあった。確かに音楽業界でも、人気商売でない裏方の人間はゲイやバイであることをオープンにしている人間も多い。俺も自分のセクシャリティを特に隠したりはしていない。全国チェーンのCD販売店の社員なんて、給料は安いし休みも少ないしロクなもんじゃないけど、少なくともそういう面であまり偏見がないのは助かる。
「この業界にずいぶんと詳しいみたいだな」
動揺している自分をごまかすために、うんと皮肉な口調で言ってやる。
「そりゃ、客にも多いし」
肩をすくめてつまらなそうに言う湊に、俺はさりげなさを装って、訊いた。
「自分のバンドの方はどうなんだ」
湊の口元から薄ら笑いが消えた。
「やめた」
「やめた?バンドをか?」
意外だった。湊の才能はアマチュアの間では有名だったし、俺が抜けたところで、代わりにもっと腕のいいベーシストがいくらでも見つかっただろうに。
「音楽をだよ」
「え」
「もう歌わない。曲も作ってない」
腹立ちを壁に叩きつけるような、ひどく投げやりな口調。
「…俺のせいか?」
なぜそんな訊き返し方をしてしまったのだろう。
きっと、まるで傷ついたかのような湊のこの目つきのせいだ。
こいつにこんな顔をさせる原因が自分ならばいいのにと、俺はどこかで願っていたんだ。バンドを抜ける、と告げたあの日も。そして、今も。
だが湊は、あのときと同じように無感動な声で冷たく言い放った。
「は。思い上がんなよ。ラブソングひとつまともに作れなかった奴が」
子供っぽい罵倒に、こっちもついむきになる。
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