第1章

5/127
前へ
/127ページ
次へ
 情けない事に、声が裏返っていた。 「名前はダイキリ。外にいる仲間が、ユルナンを探している。手がかりはあるが、お前の助けが必要だ。ついて来い」  そう言えば、この中庭の池は屋敷の外の河に通じていることをマイニャは思いだした。この侵入者は取水口から入って来たに違いない。ひょっとしたら、彼の仲間が河の傍で待っていても不思議ではない。 「手がかり? お父様がどこにいるか、わかりますの?」  お前の助けが必要だ、とこの人は言った。出来る限りのことをしたら、父を探す手伝いをしてくれるのだろうか? (でも、この人が悪人だったら? これが罠だったら?)  一瞬、大声で助けを呼ぼうかとも考えた。そうすればナルド達が助けに来てくれるだろう。そして、争いになる。ナルド達かこの男性、どちらかが死ぬかも知れない。ナルド達はもちろん、マイニャはどういうわけか目の前の人にも死んでほしくなかった。  池では、命拾いした魚がのんきに泳いでいた。マイニャはその魚が何回ヒレを動かすかに全財産賭けてでもいるように、しばらく見つめていた。 (魚を無駄に殺さない人が、私を酷いめに合わせるわけはないわ。けど、やっぱり罠だったら……)  あまり黙っているので、自分の言葉が通じなかったと勘違いしたのだろう。ダイキリが英語でもう一度ここに来たわけを繰り返し始めた頃、ようやくマイニャは口を開いた。 「でも、ナルドが許してくれないわ。得体の知、いえ、初めてあった方についていくなんて」 「俺が使った道を使えばいい。そうすればナイショで出られる」 「河まで泳げっていうことですの? でも、私、泳げませんわ」  ダイキリは、池に手を突っ込んで何か丸い物を引き上げた。それは、大きな樽だった。浮かばないように入れてあったのだろう、中に入っていた水を捨て空にすると、マイニャの前にそれをトンと置いた。そして、ポケットからなにやら小さな缶を取り出す。恐ろしいことに、パテのようだった。 「ひょっとして、この中に入れって? そうすれば貴方が外までこの樽を引っ張ってくれるの?」  ダイキリはコクッと頷いた。 「でも、乗り心地悪そうなんだけど……」 「嫌ならいい。無理やり押し込むだけだ」  ダイキリの目は、とても冗談を言っているようには見えなかった。 「うう、信じるも信じないも、私に選択権はないようですわね」
/127ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加