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「悪いけど、これ二人用だからよ。お前は歩きで帰ってくれや」
カシは樽の前に飛び乗り、ポケットから六角形の板を取り出す。その板には宝石のように凝った形をしたボタンがいくつも光っていた。空飛ぶジュウタンの操作盤だ。
ウウン、と小さな唸り声を上げ、空飛ぶジュウタンは舞い上がった。ダイキリの髪と服がなびいて、しずくが飛ぶ。地面の砂が巻き上がった。
「じゃあ、お先に!」
カシはいつものようにジュウタンをフルスピードに設定した。ずれかけたゴーグルをきちんと直す。ミルリクの空気は、砂が混じって黄色っぽい。
河の近くでは、賑やかにバザールが開かれていた。冷たいハッカ水やバラ水を売る店や、果物屋、ホログラム屋の露天が並んでいる。そろそろ愛の女神を称える祭りが近いので、どの店も女神のシンボルのリンゴの旗を軒に下げていた。通りでは、地面の色が見えないぐらいさまざまな人が行きかっている。天井代わりのカラフルな布が、たくさんの絵具の流れのようにカシの後ろへ消えていった。お香に、果物の香りに、動物の糞の匂い……一息ごとに香りが変わる。
肉の焦げるおいしそうな匂いにちょっと気をとられたすきに、屋根つきの空飛ぶ輿にぶつかりそうになって、カシは真横へジュウタンをそらした。その勢いで巻き起こった風が、露店の軒にぶら下がっていた首飾りをチャラチャラと鳴らす。運悪く落ちた一個を目ざとい乞食が拾って全速力で逃げていく。店主が怒鳴った頃には、カシはもう市場を抜け出ていた。
バザールから離れると、ビルは少しずつ低くなっていって、最後には砂岩で出来たマッチ箱のような形の民家ばかりになった。真横に、帯の幅くらいの海が見え、そこからちょうど定期宇宙船が飛び立っていく。海面を発着台にして飛び上がる宇宙船は、黒くてずんぐりしていて、どこかクジラを思わせた。尾から海水がキラキラ宝石のように輝きながらこぼれ落ちていく。
民家も途切れがちになったころ、目の前に白い帯にような物が広がった。塩でできた白い砂漠だ。人間がこの星に来るより前に、ミルリクの海の一部が干からびた跡らしい。空気も黄色から白に変わる。
はるか遠く、雪景色のような白い砂漠の向こうに、黒い棒が刺さっているのが見えた。一応大事な荷物を預かっていたカシは、無事にアジトまでたどり着けて少し安心した。
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