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あるところに、お淑やかという言葉から随分離れた勇猛果敢なプリンセスがいた。ある日、プリンセスは悪いドラゴンに捕らえられたプリンスがいるという噂話を聞き、プリンスを助け出すことを決意する。
魑魅魍魎の山を越えて、ようやっとプリンスが幽閉されている塔にたどり着き…………
「……逆じゃん」
そうだ、普通は『捕らえられたプリンセス』を『勇気ある王子』が助けに行くのが物語の王道で、この世の常であるはずだ。
「私も、11年前同じことを思いました」
若頭さんが、そっと口を開く。
「ええ。11年前のあの日、私は仕事で…ある、取り返しのつかない失敗をしました。自暴自棄になって、死のうかどうか迷っているところに、この絵本を持った女の子が現れたんです」
記憶を遡っていく。
……11年前、5歳の私がそこにいるはずだ。
「おにーさん」
頭の中で、小さな女の子の声が鳴り響いた。私は、この言葉の続きを知っている。
「『…お兄さん、とても綺麗なおめめなのね』」
頭の中で鳴り響く『声』を口に出すと、若旦那さんはにっこりと口角をあげ、勢いよく返事をした。
「……はい!」
顔をあげると、キラキラ眩しい宝石みたいなエメラルドグリーンが私を見る。その目を見ていると、ジェットコースターに乗ったように、私は11年前の記憶に勢いよく傾れ込んで行った。
『おにーさん、とてもきれいなおめめね』
『……え?』
『ほら、えほんのおうじさまみたい』
私は、どこに行くのにも『絵本』と一緒だった。よっぽど気に入ってたのか、それとも、母親がプレゼントしてくれた数少ない、手放したくない宝物の一つだったのか、今では分からない。
その日は、いつもの公園で友達と遊んでいた。ふとベンチを見ると、ポツンと肩を落として座る『おにーさん』が目に入った。それが気になってしまった私は、不用心なことにその『おにーさん』に声をかけた。
顔をあげたお兄さんの目は、今目の前にある瞳と同じ綺麗なエメラルドだった。
『王子さま?』
『おにーさん』は、首をかしげる。
『うん、ほら、みて』
私は、『おにーさん』に絵本を渡した。お兄さんは、1ページずつゆっくりと読んでいく。
『これ、逆なんだね』
『ぎゃく?』
『王子様とお姫様の、役割っていうか……ふつうは、王子様がお姫様を助けに行くでしょう?』
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