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私は台所をでて、若頭さんの部屋に向かった。
私のいる離れを通り過ぎて、屋敷のさらに奥、廊下の突き当りまで行ったところに若頭さんの部屋がある。
「若頭さん、いますか?」
声をかけると、ふすまの向こうから『どうぞ』という声が聞こえた。そっとそのふすまを開くと、若旦那さんと仙道さんが書類を間に挟みながら頭を突き合わせている。
「お嬢じゃん、晩飯できました?」
「あの、そういうわけじゃなくて……」
「……うちの者がご迷惑でもおかけしましたか?プリンスには決して失礼な態度を取らないよう指導を徹底していたつもりですが!」
「いや、そういうことでもなくってですね……」
歯切れが悪く、もじもじと体を揺らしていると若旦那さんがずずっと近づいてくる。鮮やかな緑色の瞳の中に、私が映り込むくらい。そのキラキラした目で見られると、少し言いづらいが……仕方がない。
「はい……あの、そろそろ、学校に」
『行きたいんですけど』と言葉を繋げるよりも先に、若旦那さんは口をあんぐりと開けている……緑色も一気に澱んで薄暗い色になる。驚きを隠せない様子で、強く私の肩を掴んだ。
「学校って、男子がいて……あの、その……男子がいるところですか!」
「うち、女子校じゃないですから……そうですね」
「……だめです!」
いつもの穏やかな雰囲気はどこへやら、若頭さんは私をきっとにらむ……小さな子どもを言い聞かすみたいに。
「ちょ、ちょっと待ってください!どうしてだめなんですか!?」
「だめって言ったら、だめです!」
若頭さんが頬を膨らませる。しかし……顔が良いからと言って、何をしても許されるわけではない。
「貴女のことは、私が買ったんですからね。いつも手の届く範囲に居てもらわないと」
「でも……若頭さんもミキさんも、仙道さんも皆さん昼間は仕事じゃないですか?」
「……もしかして、プリンス、さみしいんですか?」
「……いいえ、そういうことではなくって…龍哉さんの本分は仕事、私の本分は学校に行くということだと思うんです」
「いいえ、この家で私の帰りを待つことが本分です」
「あ~~!もう!」
体に憤りがたまって、思わず畳を叩く。しかし、そんな私の様子を見ても若頭さんはなんのその。
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