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「はい」
忙しい時だったから相手を確かめず、うっかり電話に出てしまった。
『久しぶり、元気にしてた?』
そして聞こえたその声に、しまった、と思った時には遅かった。
「ああ、うん。久しぶり。でもごめんね、今ちょっと忙しいから、また今度ゆっくり……」
と早口で言って切ろうとした瞬間、
『いたたたたた』
電話口からそんな声がしたため、思わず
「どうしたの? 大丈夫?」
と訊いてしまった。
『う、うん。ちょっとね。お腹が急に……最近ちょっと体調悪くて通院してて……実は最近、休職したの……』
どろどろとした声が電話を通じて流れてくるようだった。彼女からは年に一度か二度、連絡が来る。一方的に近況をしゃべり続け、言いたいことを言い終わると、唐突に電話を切るのだ。妙にすっきりした声となって。聞かされた私の方は、耳から入ってきた重苦しいものが全身を巡り、どんよりした気分と疲労が蓄積されて終わる。
時間は大体一時間前後。何回かに一回は、「お金貸して」と言われ、何回かに一回は「もう死にたい」と言われる。そんなことまで言われたら、話を遮って電話を切ることもできず、いつも最後まで付き合ってしまう。
付き合いは学生時代からで、悪友というか、腐れ縁というか、ともかくそんな存在の友人だった。就職先を県外にしたのは、彼女と少しでも離れたかったから、ということも一因にある。
電話を切った後は、いっそのこと登録してある電話番号を消してしまおうとか、自分の番号を変えてしまおうとか、次こそは強い口調で自分から電話を切るんだと決意するのだが、本当に切りたいのは電話ではないことも自覚している……
「どうしたの?」
翌朝、重い気分を引きずりながら、会社へ向かって歩いていると、人気のない道に差し掛かったところで、突然声をかけられた。
声の方を見ると、路地の角に小さな机を置いた年配の女性がにっこりと微笑んでいる。机に立てられた木片には「占い」と黒字で書かれていた。
「いえ、何でも」
そう言って足早に横を通り過ぎようとしたが、
「縁を切りたい人がいるのね」
朗々とした声が響いた。思わず足を止める。
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