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女とは、いつも私がトイレに入ろうとする手前か後で、ちょうど遭遇してしまうので、今日は少し早めにトイレ前の廊下で待つことにした。
すると、来た。
私はポーチの中のハサミに触れる。目の前でハサミを出したら危ない女だと思われかねないので慎重に。見ると、女からも私と同じような放射状の糸がたくさん出ていた。なるほど、他人の縁の糸も見えるようだ。
その中の、私と繋がっている一本を急いで探す。女がトイレに入ろうと、私の横を通り過ぎた瞬間、見つけた一本を引っ張って、ハサミをかざした。
ちょっきん。
ぴんと張っていた細い糸が、切れた。弾かれた糸は蛍光灯に反射し、まるでピアノ線のように、きらりと一瞬輝いて、地面に落ちると同時に消えた。
切れた瞬間、女の体がぴくっと動いたように見えた。しかし女はそのままトイレへ入って行った。
これで本当にトイレ縁が切れたのだろうか。半信半疑だったが、翌日、本当に切れたことが判明した。トイレでいくら待っても、女はやって来なかったのだ。その翌日も、さらに翌日も、会うことはなかった。そもそも、そんな女は本当に存在したのだろうか。縁が切れると、その人の記憶も薄れるようで、少しだけ不安になった。
しかし、ハサミの力は立証された。いよいよ当初の計画を実行する時が来た。
「もしもし。今平気?」
腐れ縁に電話した。すると、驚いているのか不機嫌なのか、やや間があってから、
『うん、何の用?』
と訊き返された。その態度にむっとしながらも、努めて明るく提案した。
「週末、久しぶりに会わない?」
こうして悪友との縁を切る日がやって来た。
休職中でお金がないと言っていたのに、手にしているのは流行りのブランドの最新バッグ。通院中だと言っていたのに、私よりずっと艶のいい肌。
この女はいつもそうだ。でももう、さようなら。
「久しぶり。全然変わらないね」
にこやかに話しかけて来る悪友に、
「実は、変わろうと思っているの」
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