絶ちバサミ

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 と、にこやかに答えた次の瞬間、私は隠していたハサミで、彼女と自分が繋がっている糸を切った。  じょっきん。  糸というより、ひじきのような、細めの縄のような、妙に太い線だった。ぷつん、というより、ざくっという触感。でも、切れた。ついに切ったのだ。なんだか、ふっと何かが私の中から抜けて出ていったかのような、軽やかな気分になる。  そして目の前の彼女は、急に見知らぬ人とでも会ったかのようだった。自分がどうしてここにいるのか分からないのだろうか。きょろきょろと辺りを見回すと、小首を傾げ、そわそわと落ち着かない様子で、元来た道を足早に戻って行った。  切れた糸は、しばらく私の足にまとわりついていたが、徐々に薄れていき、ついには他の糸に紛れたのか見えなくなった。  そして後日、私は、誰との縁を切ったのか思い出せなくなっていた。なんとなくぼんやりとした像は浮かぶものの、その人の名前や顔など、具体的な記憶がごそっと抜けてしまったかのようだった。しかし、気分はすっきりしているので、よい決断だったに違いない。  私は新たな気持ちで日々を過ごすことにした。外出も以前より楽しくなった。  人の多いところでは、そっとハサミに触れてみる。すると世の中の人がいかに多くの縁で繋がっているかが見えて面白い。  見ていると、糸の種類にもいくつかあることに気づく。  今にも消えそうなほど細く薄い糸や、紐のような太い糸、途中で変な結び目ができて乱れている糸などもある。色も黒だけではなく、ピアノ線のように輝く銀や、テグスのように透明なものなど、形状も色も様々だ。さらに時々、男女で繋がっている赤い糸にも気づくことがあり、冗談のようで笑ってしまう。が、ハサミの力は本物だった。  日常のほぼすべてが順調に進んだ。  私は自分にとって不要と思われる縁を次々と切っていった。面倒なしがらみも、悪縁も、文字通り切り捨てることで、多くの障害が取り除かれた。  ある時、同僚からストーカー被害に遭っていると悩みを打ち明けられた私は、密かに後をつけて敵の正体、すなわち繋がっている縁の糸を突き止め、ばっさりと切ってあげた。すると、ストーカー行為はぴたりとなくなったらしく感謝された。  それをきっかけに、私は様々な人から相談を受けるようになった。
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