第4章 早春。

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カウンターの前にキーボードがある。 その隣の椅子にハルキさんを座らせる。 「ハル、今日はスミレさんのために歌って。」とハルキさんの手にマイクを持たせる。 キーボードをユウスケ君が弾くのに合わせてハルキさんが歌いだす。 『スマイル』 美しい声。どのテーブル席も静かに聴き入っている。 語りかけるような、ぐうッと心が掴まれる歌。 「相変わらず、凄いな。 ユースケ君が帰ってきた時だけの限定ライブ。 ハルキさんは酔っ払ってて、自分がこんな風に歌っているって、 いつもあんまり覚えてない。」とサトシは私の顔を見る。 私は驚いて口が開いてしまう。 「兄貴はあの声に惚れたって俺に言ってたけど。 永野さんはあの声がなくても、 兄貴は最初っからハルキさんイカれてるって言ってた。 声はオマケだ。」とサトシは言って、 「俺も、会った時からスミレにイカれてる。 料理はオマケだ。」と笑った。 「beetleで会った時?あんまり話もしてないけど?」と私は不思議に思う。 「ナイショ。」と楽しそうにサトシは笑う。 ユウスケ君の 「『ブルーバード』をスミレちゃんと、サトシ君に贈ります。」 という声で私はハルキさんを見る。 これは少し前に流行った映画で主人公の恋人達が歌うデュエット曲だ。 2人きりで鳥になって新しい世界を旅しようって歌だったと思う。 ユウスケ君と、ハルキさんの声が響く。 ふたりは見つめ合って、息もピッタリだ。 心に響く。 「これはちょっとマズイぞ。」とくサトシはくすんと笑う。 『ムーンライトセレナーデ』『フェイバレット・シングス』『グッドバイ』と歌い、 アンコールの『アンダー・ザ・レインボー』と歌い終わって、ユウスケ君が 「おしまいです。」と笑うと、大きな拍手がある。
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