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その時、すっと瞳の前に、何かが立ちはだかった。
「時間も限られていますので、僕が説明します」
高谷の背中だった。
強行突破するらしい。
瞳に視線で「ここを下がれ」と指示をする。
溺れているところに浮き輪が飛んできたような気持ちで、瞳はその視線の指示に従って、会議机の末席に戻った。
「では、次の項目ですが……」
高谷の声が聞こえてくる。
瞳はほっとした。
ほっとすると同時に、手が震えてきたのが判った。止まらない。喉もからからだ。
そして、瞳は、そのミーティングの間、顔を上げることができなかった。
あのAという女性の顔を見るのが怖かったからだ。
「なんだ、あの人は!?」
高谷のプレゼンは無事に終わり、今後の予定のすりあわせもし、ミーティングは普通に終わった。
そう普通に。高谷のプレゼンには物言いはつかず、その後、Aから文句が出ることもなかった。
ミーティングはAの会社に招かれて行われたのだが、Aたち相手チームは、社の入り口まで笑顔で見送ってくれた。
次回の打合せ、楽しみにしております。
Aは、微笑んでそう言い、頭を下げた。長い髪の毛が、美しくはらりと肩から滑り落ちたことだけは、瞳は覚えている。
会社に戻る前に、松本の提案で喫茶店に寄った。コーヒーが届いてすぐの松本の発言だった。
「わかりませーんって、学級会じゃないんだから」
苦笑しながら、チーム二番手の矢野が言う。黒縁眼鏡に喫茶店の照明が光る。
「あの……俺、Aさんに去年のプロジェクトで会ってるんです」
高谷が切り出した。その言葉に場のみんなが注目する。
「プロジェクトって、ああ、横山主任のやつか?」
松本の言葉に、高谷は頷いた。
「僕は佐藤さんのピンチヒッターで途中から参加したので、Aさん側とは3回ほどしか顔を合わせてないんですが」
「ああ、佐藤ちゃんがばたばたと退職した時な」
矢野がそう言ったあと、佐藤ちゃん元気かなと呟いた。
「あの人、なんなんだよ。ちょっとおかしかねえ?」
立腹気味に松本が言う。
「こっちのプレゼン、全然おかしかなかったぞ。その証拠に高谷に変わってから何も言われなかったし」
仮にだ、と松本は続ける。
「おかしな点があっても、取引先に対して、あんな物言いないだろう。な?」
松本は、瞳に話を振る。松本が自分を気遣ってくれてるのが嬉しい。
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