恋に落ちて

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 好きなものを頼んでと言われたが、どうしようと迷っていたら、大将におすすめでもいいかと聞かれお願いし、ビールで乾杯してから食事を進める。 「あ、八時だけど大丈夫?」 「九時からにしてもらいました。せっかくのお誘いなので」 「同伴とか多いんじゃない?」 「それが全然で……実は初めてなんです」 「そうだったの? ごめん、慣れてるのかと思っちゃって」 「そう思われても仕方ないと思ってます。仕事も仕事なので」 「そんな事ないよ? 俺も久々に帰ってきたら、今まで行ってた店がなくなっちゃってて。それであの看板周りうろついてたんだ」 「そうだったんですか」  笠松が言うには、歳は若く見られるが今年三十六歳。仕事で関東に行っていたのを本社のあるこちらに戻され、帰ってくるのは五年ぶり。地元の人間は元より、日本で知らない人はいない車会社のものだと言うことと、もらった名刺ですぐに信用してしまった。  度々音もなく、本当に鳴っているのかさえわからないスマホを持って「ちょっとごめん」と席を立つのには違和感があったが、仕事先からだと言われると何も言えなくなる。
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