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§
「はぁ……」
緋紗の部屋を辞した誉稀は、部屋を出た瞬間に大きく息を吐いた。
やっと解放された。すごく長い時間に感じたが、まだ緋紗の部屋に入ってから10分ほどしか経ってなかった。
浅葱と緋紗は今も執務室の中。まだ何か話があるらしく、誉稀だけが先に部屋を出た。
先に仕事に戻ってしまおうかとも思ったが、浅葱からはなにも指示は受けていないので、ひとまず扉の外で浅葱を待つことにした。おそらくそんなに長い時間はかからないだろう。
誉稀は扉近くの壁にもたれかかり、再びため息をついた。
それにしても恐ろしい空間だった。
あんなふうに浅葱と緋紗を相手にしては、心臓がいくつあっても足りない。
それに緊張が解けたせいか、浅葱に打たれた尻が思い出したようにジンジンと痛む。服の上からでは分からないが、きっと腫れているに違いない。
「あんなに引っ叩くことないのに……」
思わず独りごちる。自分が悪いのは分かっているが、これでは椅子に座っての書類作業はさぞ辛いだろう。
周りの人からは浅葱の従者であることを羨ましがられるが、それは浅葱の本性を知らないからだ。
あれの本性はやっぱり、鬼で悪魔……。
「誉稀」
急に名を呼ばれて誉稀は飛び上がった。
声の方向に視線を向けると、部屋から出てきた浅葱がそこにいた。
「浅葱さん!」
部屋から出てきたのは浅葱だけだった。そばに緋紗の姿はない。誉稀は浅葱に駆け寄った。
「あなたはこのまま部屋に戻りなさい」
浅葱は誉稀に向かって淡々とそう言った。
「え、でも……」
午前中に言い付けられた仕事がまだ山のようにある。
それなのに、部屋に戻れとは。
ひとつの嫌な予感が頭によぎる。
「……もしかして、また謹慎ですか?」
そう言っておずおずと浅葱を見上げると、浅葱は数回目を瞬かせたあとで苦笑いを浮かべた。
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