第9章

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背後でバタンと音を立てて扉が閉まる。 こちら側には衛兵の姿はなかった。 前に視線を向けると先にも長い廊下が続いている。 榛名はずっとそばにいた男を呼んだ。一連の出来事にも動じずに黙って付き従っていた榛名の従者らしき男。榛名は男に何かをささやいた。何を言ったのか煌には聞こえなかったが、男は榛名に向かって小さく一礼すると、足早にその場から立ち去った。 榛名と完全にふたりきりになり、煌に緊張が走る。 しばし沈黙の後、榛名は煌をゆっくりと振り返った。 「久しぶりだね、煌」 榛名はいつも通り優しげな笑みたたえていた。 「はい。あの……ありがとうございました」 「どういたしまして」 榛名は煌の顔を覗き込みながら、ニコリと微笑んだ。 「それで? どうして煌はこんなところにいるの?」 率直な問いにどきりと大きく心臓が脈打つ。 当然、聞かれるとは思っていたが、何と答えればいいか。榛名と遭遇するなんて想定外。うまい言い訳なんてそう簡単に思いつくわけもない。 煌が黙っていると、榛名は小首を傾げた。 「煌がここにいること、緋紗は知ってるの?」 榛名の口から出た名前に煌は分かりやすく狼狽した。背中を冷たい汗が流れる。 煌の反応を見て、榛名は煌の置かれている状況を察したらしい。さも可笑しそうに笑った。 「ふふ。そう……こんな時間にひとりでこんなところまで来るなんて、悪い子だね。緋紗が知ったらなんていうかな」 すっと血の気が引いた。 衛兵に捕まるという事態は回避できた。助かったと思ったが、そもそも夜間に部屋を抜け出していること自体が重大な規則違反。無害そうな榛名だって、緋紗と対等に接するくらいだからおそらく王宮の高官だろう。榛名がこのまま見逃してくれるなんて保証はどこにもない。 「さて、どうしようか」 榛名は煌に向かって微笑んだままそう言った。その口調に咎めるような響きはない。むしろ、この状況を楽しんでいるようにすら見える。
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