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そりゃそうだよな、と思いながら、俺はがっくりと肩を落としていた。
それでも、このまま落ち込んているわけには行かなかった。
こぶしを握って力を入れ、俺はぱっと顔を上げた。
きょろきょろと辺りを見渡すと、すぐ隣の家の中に黄色い風船が転がっているのが見えた。
俺は話す内容を考えながらその家の前まで移動し、よし、と思って大きく一つ深呼吸をし、今度はしっかりとベルのボタンを押した。
「はーい」
少し待つと、陽気な女性の声がスピーカーから聞こえてきた。
「突然失礼します。私、雑誌の記者をしている者です。この度小学校の運動会についての記事を書きたいと思い、小学生のお子さんがいらっしゃるご家庭を回らせていただいています。もしよろしければ、運動会の様子を撮影したビデオテープを見させていただけないでしょうか」
殺人事件の容疑者だなんて言えないからと、咄嗟に思いついた嘘にしては上出来だ、と内心にやつきながら、俺は女性からの返事を待った。
「あらそうなんですか、どこの雑誌の方ですか? 掲載されたら記念に買わなきゃ」
うきうきとした女性の声がスピーカーから流れてきたが、反対に俺は言葉に詰まっていた。
小学校の運動会についての記事を掲載するような雑誌など聞いたことがない。
もし俺が映っていなくて、すごすごと帰るしかなかったら。
実際にある雑誌の名前を答えて後で買われ、そんな記事がどこにも掲載されていなかったら不審に思われてしまう。
最悪の場合、彼女は警察に相談するかもしれない。
そうなったら俺に対する疑いがより濃くなってしまう。
しかし、俺がビデオを見たい本当の理由を話すわけにもいかないし、適当に雑誌名をでっち上げても調べられた時点で終わりだ。
俺が何も言えないでいると、先ほどよりトーンが低くなった声がスピーカーから聞こえてきた。
「あの、すみません。答えられないようなら切らせてもらいますね」
「あ、いえ、その」
がちゃり。ものとものとがぶつかり合う冷たい音が響き、俺は再び失敗してしまったことを悟った。
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