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いつのまにか、好きになりかけてた人。彼の何を知っているというわけではなくて、本当に偶然の結果として、隣り合う席に座るその人。狭い通路ごしに、ときおり交されるとりとめのない会話。まどかが彼の話に熱心に耳を傾けると、小林くんは瞳をキラキラさせて、嬉しそうにことばを重ねる。ひそやかな小林くんの声は、まどかの胸の中にじんわりとしみてきて、何かを形づくろうとしていた。
ある日の授業の終わり近く、教師がふと思い出したように言った。
「しまったなぁ…。今日はレポートをかえすんだったかぁ。…えぇっと、今日は十月三日だから、10番と3番か……。よし、おい、小林、井上っ、おまえら二人で授業おわったら教員室に取りにきてくれ」
井上はまどかの姓だ。隣り合う二人は思わず顔を見合わせた。
その少し後、二人は予想以上にかさばる量のレポートを抱え、教室のある四階を目指して果てしない階段に挑んでいた。
「………あれ、絶対わざとだよな」
小林くんが言った。
「…うん。自分が運びたくないから忘れたふりしたんだよ」
「しかもこれ、夏前の課題だろぉ。なんで今までほっとくかなぁ…」
「ホント、ホントっ。しかもコレ、思ったより重いし…」
「でも、まあ、授業は嫌いじゃないんだけどさ…」
そんなことを言いながら小林くんは、まどかが抱えているレポートの山から三分の一ほどをスっととりあげて、自分が抱えている山の頂上にしてしまった。
「あっ…ありっ…ありがとぉ。…そっか、小林くんは生物好きなんだよね」
「あぁ…うんまぁ…。さっ、もう少しだ」
少し恥ずかしそうに、焦ったような小林くんの声。まどかの心臓はおどるようにドキンと大きくはねた。どうしてなんだろう。どうして小林くんと話していると、こんなにドキドキするんだろう。天よりも高く、海よりも深く、気持ちが跳びまわるんだろう。あたしは、小林くんが、好き、なのかもしれない。まどかの心は、そのことばでいっぱいになった。
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