叙情小曲集

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 聖カタリナ女学院は、横浜にある古い高校だ。明治時代、フランス人の修道女によって造られた孤児院がこの学校の始まりという。山手の坂を登り、外国人墓地を通り過ぎ、公園を抜けて、もっと奥の方に行く。最寄りのバス停からも歩いて二十分はかかるし、何より最後には長い長い坂が待っている。  幼稚園から大学までを有しており、学生の多くは一度この学校に入学すると大学までそのままエスカレーター式で進級して行く。入学者の多くは小学入試で、その次が中学入試、そしてごく稀に高校入試を受けるものがいる。もともと敷地がそこまで広くなく、学生数も少ない。そのためか高校入試で受け入れる余裕がないのだ。  それでも大学進学率の高さや、いわゆる「お嬢様学校」というイメージが強いため、母親からの支持率は県内トップを貫き続けている。  ようやく坂の頂上にたどり着いて、私はホッとため息をついた。心臓がばくばくと鳴り響いている。どうしてもこの坂を登ると、呼吸が荒れるのだ。初めてこの坂を登った二ヶ月前のことを思い出す。あの時は途中で五回も立ち止まってしまったけれど、今は止まらなくても大丈夫になってきた。その点では、私は少しだけ成長しているのかもしれない。 「永遠の神よ、あなたの光のうちに私は光を見ます」  門の隣に置かれた聖カタリナに、彼女の祈りを捧げる。朝方ポストに入っていた百合の花を台座におく。寮生には毎日新鮮な百合の花がポストに届けられ、それをこうして台座に置くことが一日の始まりとされている。自宅から通っている人も、必ず何かしらの花を持って捧げることが義務付けられていた。だからいつもこの学校は花に溢れ、祈りに満ちていた。  青々と茂った森に覆われている赤煉瓦の校舎は、まだ鳥の声だけが響いて静まり返っていた。台座に置かれた花を見ると、どうやら私が一番乗りのようだ。よかった、誰もいないうちに登校したかったのだ。 「おはようございます、カタリナ様。今日も私たちを導いてください」  静かに微笑む聖カタリナは、明るい光に照らされて佇んでいた。
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