叙情小曲集

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「失礼します」  重たい木製のドアを押しあけると、中から紙の香りが押し寄せてきた。本当なら昼休みと放課後にしか入れないこの場所は、学校の中でも一番静かで、一番人が少ない。授業が始まる一時間前にはここにきて、一人で過ごすのが私の日課だった。  天井まで届かんばかりの本棚には、ありとあらゆる国の本が収められている。古い本も、新しい本も。ここにない本は存在しないんじゃあないかというくらい、たくさんの本が並べられていた。  窓に面した大きな机にカバンを置く。今日は何を読もうかな。時間がそんなにないから長いものは読めない。短編でもいいけれど、今日はなんだか詩を読みたい気分だった。フランスの大学が姉妹校なだけあって、ここはフランス文学が多い。授業でも英語の他にフランス語があるほどだ。  私はまだ原書で読むことはできないけれど、今から頑張れば二年後には読めるようになるのだろうか。私は、その時一体どうなっているんだろうか。言葉にできない漠然とした不安が胸のうちを覆い、一瞬だけ呼吸が浅くなる。それを振り払うために私は一刻も早く本の世界に没頭したかった。     
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