第1章 満員電車の中

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   トラブルフィッシュ 第1話 始まりの日  触ろうと思ったわけじゃないし、つい魔が差したというわけでもない。乗車率250%という理不尽な満員電車に、発車のベルを聞きながら乗り込んだ後、なんとか自分のスペースを確保しようといろいろ動いているときにその事件は起こった。  後ろからちょいっと誰かに押されて、俺の手の甲が前にいた女の子のお尻にむにっと当たったんだ。  こんな電車に乗り込んだ誰もが、自分のスペース確保に躍起になっているときだからよくある話だよな。GWの連休明けの月火をずる休みして迎えた水曜日の朝、俺の通う大学へ向かう電車のでの出来事だった。  電車に乗る時、俺はいつもリュックサックを右肩にかけてその下を支えるように手をあてている。  リュックなのだから本来は背負うべきということはわかっちゃいるが、満員電車の中では後ろの人に対してまるで無防備になる。一番怖いのは盗難だ。  また、中に入ってるものを人混みの圧力から守りたいというのもある。スマホの液晶が知らないうちに割れていたなんてことになったら人生真っ暗だよ。液晶も真っ暗だけどな。  だから今もそうしていたのだが、そのリュックを後ろの誰かが強く押した。もちろんその人もさらに後ろの人に押されたのかもしれない。  その結果として、ちょうど俺の前にいた制服姿の女の子のお尻を、俺の右手の甲が(掌じゃないぞ、甲のほうだぞ、甲のほう)ぐにっと押すことになった。不可抗力であることは俺はわかっているから、後ろに文句を言うことも感謝の言葉を述べることもない。  そういう奇跡みたいな幸運ってのはたまにあるよな? 女の子にはちょっと気の毒なことだが、俺にだって防ぎようがないのだから仕方ないじゃないか。  普段の俺の心がけがいいから神様がご褒美をくれたのだろうと、一瞬だったとは言え柔らかい感触を思い出してにやけてたら意外なことが起こった。  不意にその子がくるっと身体を回転させたんだ。ちょうど俺と向き合う形だ。だが、その両手はしっかり胸の前あたりで組まれている。俺と身体を密着させるのを嫌って隙間を開けたかったのだろう。  そしてこちらをちらっとにらんだ。なにすんのよこの痴漢、的な目で。その時にはドアは閉まっており、もうどちらもほぼ身動き出来ない状況だ。
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