第1章 満員電車の中

3/40
前へ
/290ページ
次へ
 いや、ちょっと待って。俺そんなつもりじゃ、とか心で言い訳しながら目の前にいるその子をじっと観察する。  背は160センチとちょっとくらい。175.2センチの俺の鼻の辺りに、その子の頭のてっぺんがある。最初に睨みつけた後はうつむいている。おかげで表情はよくわからないが、視線が合う心配がないので観察はし放題だ。  漆黒の長い髪はほぼまっすぐだが、胸の膨らみより少し上で軽くカールしている。今は下を向いているのでわかりづらいが、さっき睨まれた目には、強い意志を感じさせるものがあった。丸くて小さい顔によく似合う小さめの鼻。口紅は感じられない(していない?)が理知的な薄めの唇。頭もよさそうに見えるな。  そういえばこの少々野暮ったいグレーの襟なしブレザーって、小学校から大学までの一貫教育で有名な、キリスト教系の学校じゃなかっただろうか? 制服フェチじゃないんでよくわからんが、多分そうだろう。それにしても。  やべぇ。マジタイプだ、この子。  こんな可愛い子と袖すり合うどころか、向かい合ってほぼ密着状態。一こすりでもされたら、でちゃいそう。  電車が発車しいくつかの振動を乗り越えると、車内にはそれなりの安定が生まれる。まるでブラウン運動みたいに、皆がちょっとずつ主張したり遠慮したりして構築された安定だ。  しかしそれは、時々かき回される。電車の加速・減速・カーブなどによる揺れだ。  いつもよりちょっと大げさな減速が、その日二度目の奇跡が起こした。  ガタンというやや大きな音の次にキー
/290ページ

最初のコメントを投稿しよう!

211人が本棚に入れています
本棚に追加