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という金属音がして電車が急減速したのだ。きゃぁっ、という控えめな悲鳴がいくつか車内に響いた。
まだ次の駅には遠いから停止信号だろう。そのとき起きた車内の揺れが、彼女をさらに俺のほうに押し付けることになった。
満員電車なのだから下がることはできない。彼女の圧力はほぼすべてがのけぞった俺の上半身にかかっている。立っている乗客のほとんどが似たような状態になっているはずだ。しかし俺ほどの幸運なものは他にはおるまい。
一歩下がればどうってことのないのだが、下手に足を動かすと後ろの人の足を踏んづけることになりかねない。
だから足はそのままで姿勢を保つしかない。しかしつり革には手が届かない。腹筋以外に何か支えてくれるものが必要だ。
その時俺の両手は、姿勢制御を求めるハヤブサのリアクションホイールのように、もたれかかってきた彼女の背に手を回してしまった。細いウエストを抱え込むような形になってしまったのだ。
合理的に考えればそんなには姿勢制御には役に立たない。押し倒そうする相手にしがみつく相撲取りはいないのだ。俺の行動は論理的とは言えない。
しかし意味はあった。
こんな可愛い子とハグの体勢になったのだから。SEXどころかキスさえ未体験の俺にとって衝撃の初ハグであった。細くて華奢な身体。それでいて柔らかい弾力。俺は今、星飛雄馬よりも猛烈に感動している。
しかしこの幸せは長く続きはしない。思わずとってしまった行動が許されるとしても、電車の変動が終わってしまえば不自然な形となる。見知らぬ人をハグして殴られずに済むのは、youtubeのドッキリ番組ぐらいだろう。
知らない人から見たらリア充に見えるかもしれないが、こんなこと続けて良いはずはない。
そして残念なことに、車内は再び安定へと回帰する。
……回帰した。
……俺の手ですか? そのままですけど、なにか?
理屈ではわかっている。手を離さなきゃいけないことは。だけど、もうちょっとぐらい良くね? と欲望悪魔が俺に硬化魔法をかけたのだ。その魔法を助長したのが彼女だ。
彼女のほうは一向にあらがう気配さえ見せないのだ。ちょっと抵抗の素振りでもしてくれれば、ヘタレな俺はすぐにも手を離すのに。
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