第1章 満員電車の中

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 この子にすればいきなり抱きしめられた形になって、相当に驚いたはずだ。それなのに何故かこの姿勢を崩そうという行動にはでていない。俺は引っ込みがつかなくなった体で、両手をそのままにしている。  二人して死後硬直状態かよ。おかげで密着度は半端なく、髪の匂いとかかぎ放題。くんかくんか。ああ、いい匂い。それだけでもいけない相棒がいけない何かを出してしまいそう。せめて一こすりぐらいはして欲しいものだが。  話しかけてお友達になる千載一遇のチャンスだ。こんなフラグを立ててくれたどこやらの神様に感謝して、今日も混んでますねとか、友達からとかなんとか言ってもいいところ、なのだが。  彼女いない歴イコール年齢で、コミュ障的引っ込み思案奥手どSの俺だ(一部不適切な表現有り)。そんな難しいことができるはずがない。  スポーツ一筋でも勉強に明け暮れてたわけでもない、今時のオタク大学生だ。話が合う女の子なんて出会ったこともない。なにしろそもそも話しかけたこともないのだから。  もういいや。神が与えたもうたこの幸せを存分に堪能しておこう。もう二度とこんな機会はあるまい。俺はそう考えて目をヤマザキ春のパン祭りでもらえる皿のようにして彼女を見つめた。  それだけで十分な……あれ? なんかこの子真っ赤になってるぞ。可愛い。ハグぐらいでそこまで恥ずかしがってくれるなんて。普通は嫌がるものだろうに。  ところで俺の手だが。指先の感触に違和感がないでもない。女の子の背中なんて触ったことないから確証はないが、背中って背骨があるよな。しかし骨の硬い感触がまっく感じられない。少しだけヘコみがあってその中央が普通は背骨……。  あ。  ここまで来てやっと気がついた。俺の手がいまつかんでるのって、この子の尻じゃね!? 尻かな? 尻だぞ? ああ尻だ。尻の下ネタ変格活用。  痴漢なんて考えたこともないって言ったら嘘になるが、自分がそういうことをするとは思ってもみなかった、いや、したわけじゃないのだ。なっちゃっただけだ。  読者諸君、なんだねその疑いの目は。ほんとだってば。ほ・ん・と・う。  大事なことなんで2回言いました。かといって実際に触ってるのだからえん罪ではない。だけどわざとじゃない。それなら手を離せって話だが、俺の手はそれを拒否している。  今では反省している。
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