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彼の手の温もりがまだ残っている。ふと、終電の時間が気になり携帯を取り出した。時間は午後10時前。まだ一緒にいられるかなと思ったところで、私は気が付いた。彼ともう少し一緒に話していたいと自分が思っていることに。もうすぐ一日の終わりが来る。私はふと夢想した。もし永遠があったのなら、こんなに彼と一緒にいられる残りの時間のことなど考えただろうか。私は終わりが来ることを恐れてばかりで、今目の前にある瞬間を見ていなかったのではないだろうか。
「ごめん、お待たせ。一応君の分も買ってきたよ。」
彼は少し照れたようにグラスを二つ掲げた。きっとさっきの手のことを気にしているのだ。憧れだった人はよく見たら大人の色気なんてあまりない。彼はどこか少年のように見えた。かわいいな、と思った。
「ありがとうございます。」
私がほほ笑むと彼も口を緩めた。永遠なんてなくてよかったかもしれない。終わりがあったから、こうやって彼にもう一度出会えたのだから。
「乾杯」
グラスのぶつかる音がする。二人でビールを飲む。彼がグラスを置いたところで私は口を開いた。
「とわこ」
「え?」
「君じゃなくて、私は永久子です。」
彼はにこりと笑った。
「そうだったね。永久子ちゃん。今でも俺の好きな名前だ。」
永遠なんてない。それでいい。今この瞬間があるのだから。
The END
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