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「考えてみれば、永遠なんてはなから存在しないんだよ。たとえ一生添い遂げたとしても、いつかは死という終わりが来る。でもだからこそ、一瞬一瞬が愛おしくなる。関係性の終わりだって同じだ。」
彼は私を優しく見つめた。
「終わりがあるからこそ、人は時を感じ幸せの価値に気が付くことができるんだ。俺はそれを知ることができた。永遠なんてない、それでもいいんだってことを知る機会を君がくれたんだよ。だから、ありがとう。」
私は彼の目を避けるようにうつむいた。自分の今の気持ちをどういえばいいのか分からなかった。私はテーブルの上に置いたグラスを両手でぎゅっと握った。
「私は……怖いです。終わることが怖い。」
私はやっとそれだけ呟いた。少し迷うような気配がして、グラスを掴んだ私の手を彼が優しく包み込んだ。彼の手は思っていたよりも柔らかく温かい手だった。
「永久子ちゃん。」
初めて名前を呼ばれて、私はつられて顔を上げた。彼は私をその眠そうな瞳で見つめていた。
「終わることを怖がらないで。悲しみや寂しさを怖がって、今目の前にある時間を無駄にしないで。」
― 今、目の前にある時間。
私は彼の優しげな眼を見つめ返した。彼の言葉はその手と同じように私の心を包み込む。黙り込む私を見つめていた彼は、突然慌てたように握っていた手を離した。
「ご、ごめん。嫌だったよね。こんなおっさんに手を握られるなんて。つい子供の時のつもりでいたけど、君ももう立派な大人の女性だったね。」
私はあっけにとられて、謝る彼を見つめた。別に嫌ではなかったのに。私が口を開く前に彼はビールを買ってくるといって、グラスの残りを煽るとさっさとカウンターに行ってしまった。
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