永遠などない

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私の住む団地には棟と棟の間に小さい公園があった。ブランコやアスレチックもあり、親の目が届くところであったから近所の子供にとってはいい遊び場だった。そして小学生の私にとっては、嫌なことから逃げる絶好の避難場所でもあった。その夏の夜も私は家からそっと抜け出し、この公園のブランコで一人時間を潰していた。そこで不意に声をかけられた。私は何か期待するように俯いていた顔をがばっと上げた。その私の勢いに声をかけてきた人物、笹山は面食らったような顔でそこに立っていた。 「なんだ、笹山か。」 「なんだって、ちょっとひどくない?」 笹山は私が彼を呼び捨てにしたことを特に咎めなかった。近所の子供たちはみんな彼をそう呼ぶからだ。だがあからさまに不満そうな私の表情に、笹山はいつも眠そうな顔に苦笑いを浮かべた。 「君、同じ階の田島さんのとこの子だろ?こんな時間に一人で危ないよ。早く家に帰んな。」 公園の端には細い棒の先にちょこっと乗った時計があった。その針がもうすぐ10時を指そうとしている。小学生が一人で出歩く時間ではない。笹山は顔見知りの子供が一人でいるところを見かけ、心配してくれたのだろう。だがその時の私には大人然とした笹山のその言いぐさが気に入らず、更に自分の名前を笹山が覚えていなかったことにもショックを受けて、ふてくされた表情で彼を睨み付けた。 「別に。笹山には関係ないじゃん。あっちいって。」 私はそう言ってそっぽを向いた。笹山が困っている雰囲気が伝わってきたが、私はそれを無視した。がさがさとビニール袋を置くような音がして、隣のブランコに笹山が腰かけるのが気配で分かった。 「プシュッ」 唐突にプルタブを開ける音がした。続いてごくごくと喉を鳴らして何かを飲む音が続く。 あまりにもおいしそうに飲む音に、私は自分も喉が渇いていたことを思い出し、ちらっと横に座る笹山を盗み見た。 「……何飲んでるの?」 努めて興味が無いように装って聞く私に、笹山は持っていた大き目な缶をくるっと回して銘柄を見せる。 「ビール。君も飲む?」 「…子供はお酒飲んじゃダメなんだよ。」 「そうでした。」 それだけ言って笹山はまたビールの缶をを口に運ぶ。よく見ると笹山はスーツのズボンにワイシャツと、明らかに会社帰りの出で立ちだった。その姿に私は、父が仕事から帰ってきて着替えもせずにまずビールを飲む姿を思い出した。
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