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それは、円筒形のなんの飾りもない瓶だった。羽野(はの)は、それを見たとき小学校の理科室を思いだした。そう、馬の目玉が、ちょうどそんな形のビンにいれられ標本にされていた。
けれど、このビンに詰められているのはそれとは比べられないほど美しい物だった。
仕事で初めて立ち寄った駅近くの、小さな古道具屋。埃で曇ったショーウィンドウの向こうにこんな掘り出し物があったなんて。周りにある革のトランクも、装飾過剰な置時計も、もう羽野の目には入らなかった。
瓶の中に入っていたのは、半透明の少女だった。淡い桃色の、ワンピース型のパジャマを着ている。腰まである、真っ直ぐな髪。透けた体でも分かるほど、顔は白いというか青い。口紅を塗っているのか、唇だけがぬれたように赤かった。憂いをおびた表情がなんとも儚げで、神秘的だった。
「どうです、美しいでしょう?」
いつの間にか、男が傍に近づいてきていた。
茶色のエプロンをしているので、ここの店主なのだろう。背は小さく、前歯が出ていて、どこかねずみを思わせた。
話しかけてきた人物が誰か確認すると、羽野の視線はすぐまた瓶の中の少女に吸い寄せられた。さっき立っていた少女は、今は瓶の底に座り込んでいる。
「こ、これは立体映像ですか?」
「ええ、そうですよ。とてもよくできてるでしょう」
「あ、あの、これをぜひ譲ってください」
「いえ、でもこれは売り物ではないのですよ。買うにしても……」
店主はかなりの額を言った。羽野にはとても用意できない金額だった。
「お金は借金してでもなんとか準備します。もちろん、大切に扱いますから。軽々しく見せびらかしたりしないし……」
羽野は、瓶入りの少女を譲ってくれるよう、店主に頼んだ。しかし、店主は頑(がん
)としていう事を聞かなかった。
家につくまでに倒れてしまうのではないかと店主が心配するほどよろよろと、羽野は帰っていった。
家に帰っても、羽野の頭から瓶の中の少女の姿が離れなかった。
どうしても、彼女が欲しい。
羽野が窃盗の準備を整えるまで、一週間とかからなかった。
特殊なカッターで窓に穴を開け、鍵を開けると古道具屋の中へ忍び込んだ。目立たないように布を巻いて、光が広がらないようにした懐中電灯が、タンスや人形を照らし出す。
ショーウィンドウの内側に近づく。
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