夏の表現が変わるかもしれない

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TUBEはさておき、そういうことを耳にしてなるほどって。 ちょっとここ数日そのことが頭から離れない。 私は音楽ってほとんど興味がない。J-popだっけ、歌詞があるのがあまり好きでない。 ただ、そういう私でも歌詞に季節の表現が変わってしまえば歌全体の内容も大きく変わる可能性があるということはなんとなくわかる気がする。 小説なんかでは季節の表現に文中の人物の気持ちを表現させる場合が多々あるわけだし。 ただ、以前みたく夏でも涼しい日があって、寒い日があって、暑い日をしのぎ涼を求めるための花火、風鈴、流しそうめん、金魚様々なアイテムがあって。そういうものを感じていた夏。いや、そういうものを楽しめる夏の季節がいま大きく変わろうとしている前兆なのではないだろうか。 現実にインドでは40度を超える日・・・いや51度という土地もあったと記憶する。体力のない幼児やご年配の方の死亡率が増えているらしいではないか。 そういう夏を体験して育ってきた人たちにとっては「夏を楽しむ」なんて考えは皆無であろう。「夏をいかに生き延びるか」という問題になるのではないかと思われます。
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