第一章【隣は何をする人ぞ】

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    5  翌日から文香は、当初の宣言通り、見事な看護ぶりを発揮した。  月曜から普通に出勤したが、それでも為すべきことは変わらなかった。  午後5時、キッチリ定時に会社を出ると、いつものバスに乗って帰宅する。  バス停からすぐのスーパーに寄り、和史から預かった食費を使って、二人分の食材を買う。自分個人の買い物は精算を分けてもらい、レシートも別に保管する。  食材を手に帰宅すると、すぐに着替えて、料理に取りかかる。  スプーンやフォーク一本で食べられるよう、和食の時も工夫して盛り付ける。夕食準備と同時に、翌日の弁当も作る。  夕食と弁当が出来ると、隣の男にメールで知らせる。  しばらくすると、和史がやって来る。  二人で一緒に食事を取り、文香が洗い物と洗濯をする間、和史は風呂に入る。  右手のギプスは、毎回文香がビニールとラップできちんと保護してやった。  風呂から上がった男の傷に、彼女は病院で出された薬を塗って、丁寧に包帯を巻く。  さすがに洗髪は片手でどうにかこなすことにしたが、湯上りの濡れた髪は、やはり文香が、タオルとドライヤーを使って乾かしてやる。  キッチンの椅子に座る男の髪を、自分もずっとロングヘアでいる文香は、スタイリストのような慣れた手つきで手際良く乾かし、さらにブラッシングもしてやった。 「すごく綺麗なサラサラヘアなんだから、ちゃんと手入れしないと駄目ですよ」  そう言って、屈託なく笑う。  しかし、無精で伸ばしているだけの髪を褒められて、和史はただ無言でいるしか出来なかった。  儀式のような一連の作業が済むと、丁寧に畳まれた前日の洗濯物と作り立ての弁当を、文香は笑顔で男に渡した。 「明日のお弁当は、煮しめと鶏つくねとヒジキご飯です。いつものようにお昼まで冷蔵庫に保管しておいて、レンチンして食べて下さいね」 「うん。ありがとう」  そんなやり取りを交わして、男は彼女の部屋を出る。  帰り際、「おやすみ。また明日」と挨拶をする。  文香も笑顔で、「はい。おやすみなさい」と応じる。  毎日毎日、判で押したように同じことを繰り返し、そうやって二週間が過ぎた。  その間、和史が知り得た彼女の情報は。  地元は山口で、実家は老舗の呉服店。  両親の他、姉夫婦と、妹がいて。  妹は東京で、モデルをしていること。
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