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翌日から文香は、当初の宣言通り、見事な看護ぶりを発揮した。
月曜から普通に出勤したが、それでも為すべきことは変わらなかった。
午後5時、キッチリ定時に会社を出ると、いつものバスに乗って帰宅する。
バス停からすぐのスーパーに寄り、和史から預かった食費を使って、二人分の食材を買う。自分個人の買い物は精算を分けてもらい、レシートも別に保管する。
食材を手に帰宅すると、すぐに着替えて、料理に取りかかる。
スプーンやフォーク一本で食べられるよう、和食の時も工夫して盛り付ける。夕食準備と同時に、翌日の弁当も作る。
夕食と弁当が出来ると、隣の男にメールで知らせる。
しばらくすると、和史がやって来る。
二人で一緒に食事を取り、文香が洗い物と洗濯をする間、和史は風呂に入る。
右手のギプスは、毎回文香がビニールとラップできちんと保護してやった。
風呂から上がった男の傷に、彼女は病院で出された薬を塗って、丁寧に包帯を巻く。
さすがに洗髪は片手でどうにかこなすことにしたが、湯上りの濡れた髪は、やはり文香が、タオルとドライヤーを使って乾かしてやる。
キッチンの椅子に座る男の髪を、自分もずっとロングヘアでいる文香は、スタイリストのような慣れた手つきで手際良く乾かし、さらにブラッシングもしてやった。
「すごく綺麗なサラサラヘアなんだから、ちゃんと手入れしないと駄目ですよ」
そう言って、屈託なく笑う。
しかし、無精で伸ばしているだけの髪を褒められて、和史はただ無言でいるしか出来なかった。
儀式のような一連の作業が済むと、丁寧に畳まれた前日の洗濯物と作り立ての弁当を、文香は笑顔で男に渡した。
「明日のお弁当は、煮しめと鶏つくねとヒジキご飯です。いつものようにお昼まで冷蔵庫に保管しておいて、レンチンして食べて下さいね」
「うん。ありがとう」
そんなやり取りを交わして、男は彼女の部屋を出る。
帰り際、「おやすみ。また明日」と挨拶をする。
文香も笑顔で、「はい。おやすみなさい」と応じる。
毎日毎日、判で押したように同じことを繰り返し、そうやって二週間が過ぎた。
その間、和史が知り得た彼女の情報は。
地元は山口で、実家は老舗の呉服店。
両親の他、姉夫婦と、妹がいて。
妹は東京で、モデルをしていること。
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