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◇
思いがけず、母から結婚の許しが出たことで、文香はこれまでの溝を埋めるように、一紫との出会いから、彼がどれほど素晴らしい人で、どれほど自分を大切にしてくれているかを、切々と訴えた。
初めは半信半疑だった葉子も、一紫の処女作が映画化されること、彼が再び本名で文壇復帰することを聞いて、憂い顔を一変させた。
「まあ、じゃあ、これから彼の作家としての知名度は、ぐっと上がるわけなのね?」
「そうだよ。だからちゃんと、これからも作家として食べていけるはずだから、その点は安心していいと思う」
すっかり温くなった紅茶を飲みながら、文香は「それと……」と呟いた。
「つい最近、お父様も見つかったの」
「えっ……」
「一紫さんのお父さんはアメリカ人で、一紫さんが生まれる前に帰国していて、息子が日本にいることを知らなかったそうなの。今回、手術を受けるために日本へ来た際、一紫さんのお母さんの行方を調べていて、そこで初めて恋人が亡くなっていて、その恋人が自分の子供を産んでいたことを知ったの」
「まぁ……」
思いがけない話に、葉子は絶句した。
「私もお会いしたけれど、すごく素敵な方だったよ。顔立ちも一紫さんに良く似ていたの」
「そう……。弥生や水香は、このことを知っているの?」
「知らないよ。教えていないもの。ただそのお父さんも、私達の結婚式に出席してくれる予定だから、水香はその時に会えるはず」
「そうなの……、それはぜひ、私も一度お会いしたいわ」
葉子の母親らしい発言に、文香は嬉しそうに「本当?」と声を上げた。
「ええ。あなた達が結婚すれば、縁戚関係になるんですもの。ちゃんとご挨拶はしておかないと」
契約の件があり、ローガンの正体を明かせないことをもどかしく思いながら、文香は「ありがとう、お母さん」と礼を言った。
そんな娘を見つめて、葉子も穏やかな笑みを浮かべた。
それはどう見ても、我が子を深く愛する母親の笑顔で、一紫はかつて母に見たその面影を、葉子の笑みに見た気がした。
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