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翌、13日。日曜日。
客室で寂しく一人寝を強いられた一紫を、文香はそっと訪ねた。
午前8時。
昨日の晩、娘と久しぶりに同じ部屋で寝て、尽きぬ親子の会話を楽しんだ葉子は、もう下の事務所へ出勤していた。
母親と同じ時間に起きて一緒に朝食も取った文香は、いまだ深い眠りの中にいるらしい恋人の寝顔を見つめ、そのベッドの傍らで膝をついた。
枕元に寄り添って、日の光に透ける綺麗な男の髪に触れる。
「ん……」
一紫がゆっくり目を開けて、彼は笑顔の恋人と視線を合わせた。
「……おはよう」
まだ眠りの半ばにある声で言うと、文香も嬉しそうに「お早うございます」と答えた。
「その様子だと、お母さんとはすっかり仲直り出来たみたいだな……」
枕にうつ伏せたまま、一紫は目だけで微笑んだ。
「はい。これまでの色々も、きちんと向き合って話したら、お互いに誤解があったことも分かって……。母なりに、私の事を真剣に思ってくれていたんだと、分かりました。確かに母は厳しかったけれど、ただそれに反抗するだけじゃなく、私ももっと、素直な気持ちを伝える努力をすべきでした。あ、27日の式も、父と一緒に参列してくれるそうです」
「そう。じゃあますます、挙式の日が楽しみなものになったね」
一紫はそう言って、彼女の頬を優しく撫でた。
文香は嬉しそうにその手に触れ、「一紫さんの、お陰です」と言った。
「先日、久住さんから受け取ってらしたのは、母に関する調査報告書だったんですね」
「うん。君には悪いと思ったけれど、相手の懐に斬り込むためには、必要な情報だった」
「確かに驚きましたけど、結果として、母の本音が引き出せたので良かったです。このお腹の傷についても、ごめんなさいって謝ってくれました……」
ただ、と文香は告げた。
「姉と父親が違うことは……知らずにいたので驚きましたし、正直すごくショックでした。姉は父似だと思っていたし……」
「そうだね。だけどそのことは、向こうから話があるまでは、言わない方がいいと思う」
「ええ、もちろんです。それに父が違っても、私にとって姉が家族であることには変わりないですし……」
純粋なその言葉に、一紫は「うん」と笑顔で頷いた。
けれどその表情にはどこか元気がなかった。
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