第九章【落花流水】

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    ◇  昼近くになって、文香に葉子から直接電話が掛かって来た。  番号を変えたことは知っていたが、弥生に頼りきりで次女の番号を登録していなかった、という母親に、文香は最近新しくした番号を教えた。  数年ぶりに直接母からの電話を受けて、文香は驚きながら「はい、文香です」と答えた。 「ああ、文香。まだ家にいる?」  葉子の声は明るく、文香も笑顔で「はい」と答えた。 「じゃあ一緒にお昼ご飯を食べましょう。近くに美味しい割烹レストランがあるの。予約が取れたから、そこで一紫さんも一緒に、三人で食事しましょう」 「あ、はい。あの、お姉ちゃんは?」 「弥生達夫婦は日曜日は特別なことがない限り休みよ。大丈夫、今日は店の方も通常業務だし、向井さんもいるから」 「そうなんだ……。今から下へ行けばいい?」 「そうね。タクシーを呼んでおくから、早目に下りて来て頂戴」 「分かりました」  素直に答えて、文香は一紫を振り向いた。  彼もすでに着替えを終えて、昨日と同じ服に戻っていた。 「お母さんがね、外でご飯食べましょうって。ホテルのレストランを予約しているんだって」 「へえ。さすがお母さんは君と同じで、予約してから誘って来たね」  それが昨日の姉とのやり取りを指すのだと気付き、文香は楽しげにフフフと笑った。 「そうなんです。母と私は、そういう所の価値観は同じなんです。ただお互い頑固だから、相手の言い分を全く聞かないんですよね……」 「じゃあその点さえ直せば、息ぴったりの仲良し母娘になれるんじゃないの」 「なれるといいですね」  軽口の会話を交わしながら、二人はエレベーターを使って一階に下りた。  火曜日定休のさの屋は日祝日も通常に営業しており、正月用の晴れ着を見に来たらしい母と娘の親子連れと、夫婦らしいカップルが店内にいた。  レジカウンターにいた喬子が現れた文香達を見て、「おはようございます」と挨拶して来た。 「おはようございます」  二人が挨拶を返すと、喬子はニコニコと人の良い笑みを浮かべながら、「今日は社長、とってもご機嫌ですよ。どうやら結婚の挨拶は上手く行ったようですね」と言った。
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