第一章【隣は何をする人ぞ】

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    ◇  二人で向かい合って焙じ茶を飲みながら、文香は頬杖をついて、「官能小説かぁ……」と呟いた。 「ハーレクインなら、何冊か読んだことがあるんですけど……。大学時代、嵌まっている友達がいて、無理矢理お勧めを貸してくれたんです」 「ハーレクインなら、俺も読んだことがあるよ。自分が書く上で参考になるかと思ってね」 「なりました?」 「……いや、全然。やっぱり、女性向けに書かれたものと、男性向けに書かれたものは、全く違う。あれは完全に、女性の為に書かれたファンタジーだ。俺が書くのは、男向けのファンタジーだから」 「ファンタジー……、確かに」  そこで文香は、面白そうにクスリと笑った。 「でもどちらも、ファンタジーという点では同じなんですね」 「そりゃそうだ。満員電車で痴漢されてよがる女なんて、現実世界にはいるはずがない」  思わず下品な発言をして、和史は自分の失言にハッとしたが、文香は全く気にしていない様子で、「確かに」と呟き、またクスリと笑った。  思った以上に相手が性に関しオープンなことに気付き、和史はホッとすると同時、複雑な気分にもなった。  官能作家という職に加え、遊び放題だった昔の自分を思えば、目の前の女性の男遍歴など、気にすること自体おこがましい話だが、そこは理性でどうこうなる問題ではない。 「その……」  急に声のトーンを落として、ついでに視線もテーブルの天板に落として、和史は言った。 「俺が怪我してからずっと、君は俺の世話だけを焼いているように見えるが……」 「はい?」 「彼氏は、放っておいていいのか」  相手の質問の意図が読めないまま、文香は「ええ」と頷いた。 「一応、私も怪我人なので。彼と会ってもセックス出来ませんし。会う意味がないんです」 「そ……」  再び予想を超える発言を耳にし、和史は呆気に取られた顔になった。  そんな相手にお構いなしに、文香は続けた。 「だから私達、私が生理の時もデートしないんです。そういうセックスありきの気楽な関係だから、逆にこれまで続けて来られたんですけど……」 「それは……付き合っていると、言えるのか?」 「私達がそう思っていれば、そうなんじゃないですか?」  一瞬和史の脳裏に、“ジェネレーションギャップ”“新人類”という二つの単語が浮かんだ。
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