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◇
二人で向かい合って焙じ茶を飲みながら、文香は頬杖をついて、「官能小説かぁ……」と呟いた。
「ハーレクインなら、何冊か読んだことがあるんですけど……。大学時代、嵌まっている友達がいて、無理矢理お勧めを貸してくれたんです」
「ハーレクインなら、俺も読んだことがあるよ。自分が書く上で参考になるかと思ってね」
「なりました?」
「……いや、全然。やっぱり、女性向けに書かれたものと、男性向けに書かれたものは、全く違う。あれは完全に、女性の為に書かれたファンタジーだ。俺が書くのは、男向けのファンタジーだから」
「ファンタジー……、確かに」
そこで文香は、面白そうにクスリと笑った。
「でもどちらも、ファンタジーという点では同じなんですね」
「そりゃそうだ。満員電車で痴漢されてよがる女なんて、現実世界にはいるはずがない」
思わず下品な発言をして、和史は自分の失言にハッとしたが、文香は全く気にしていない様子で、「確かに」と呟き、またクスリと笑った。
思った以上に相手が性に関しオープンなことに気付き、和史はホッとすると同時、複雑な気分にもなった。
官能作家という職に加え、遊び放題だった昔の自分を思えば、目の前の女性の男遍歴など、気にすること自体おこがましい話だが、そこは理性でどうこうなる問題ではない。
「その……」
急に声のトーンを落として、ついでに視線もテーブルの天板に落として、和史は言った。
「俺が怪我してからずっと、君は俺の世話だけを焼いているように見えるが……」
「はい?」
「彼氏は、放っておいていいのか」
相手の質問の意図が読めないまま、文香は「ええ」と頷いた。
「一応、私も怪我人なので。彼と会ってもセックス出来ませんし。会う意味がないんです」
「そ……」
再び予想を超える発言を耳にし、和史は呆気に取られた顔になった。
そんな相手にお構いなしに、文香は続けた。
「だから私達、私が生理の時もデートしないんです。そういうセックスありきの気楽な関係だから、逆にこれまで続けて来られたんですけど……」
「それは……付き合っていると、言えるのか?」
「私達がそう思っていれば、そうなんじゃないですか?」
一瞬和史の脳裏に、“ジェネレーションギャップ”“新人類”という二つの単語が浮かんだ。
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