3549人が本棚に入れています
本棚に追加
/540ページ
左手で額を押さえ、和史はしばらく黙り込んだ。
文香はそんな男を真顔で見つめた。
「あの……何か」
「……いや。ちょっと、若い世代との価値観の違いに、戸惑いを隠せなくて……」
「それはどうでしょう?」
相手の落ち込みには気付かずに、文香は言った。
「たまたま、私と彼の価値観が一致しただけで、やっぱり世間から見れば、常識から外れた関係だと思います。だから会社では、絶対にこんな話はしません」
「ならなぜ、俺にはしたんだ」
「それは……」
相手に問われ、文香は首を傾げた。
「……なぜでしょう? 何となく、田中さんには話せたんです」
「俺が官能作家だから?」
「いえ、違うと思います。……多分」
そこで文香は、いつもの癖で視線を下に向けた。
彼女自身、他人にここまであけすけに自分を晒したことは、いまだかつて無かった。
恋人の海斗にさえ、言えない本音は沢山ある。
けれど和史に対しては、何でも打ち明けてしまいたくなるのだ。
そこに自分を駆り立てるものが何なのか分からないまま、文香は顔を上げて、目の前の一回り年上の男を見た。
「……私、田中さん相手だと、何でも話せるんです」
「え……」
「多分それは、田中さんが、すごく話しやすい雰囲気を持ってるからだと思います。こんなに話しやすい人に会ったのは、生まれて初めてです」
「そ、……そうか」
顔が赤くなりそうな気配を感じ、和史は懸命に胸の動悸を押さえた。
「それは……何よりだ」
「はい。だから、助けていただいた相手が田中さんで、本当に良かったです。こう見えて、かなり人見知りな性格なので。合わない人だったら、仕方ないことだと言え、すごくストレスを感じていたと思います」
「俺の世話を焼くのは、ストレスじゃない?」
「はい。全然」
そう言って、文香はまたニッコリ笑った。
「…………」
もう何も言えなくなって、和史は片手で顔を覆った。
最初のコメントを投稿しよう!