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「バスの定期はいつも、定期入れに入れているんですけど、鞄を変えた時なんかうっかり忘れることもあるし、クレジットカードは財布に入れてますけど、コンビニやスーパーの電子マネーカードとか、スマホケースに一緒に入れられたら、便利だと思います」
「でしょ、でしょお?」
女子高生のようなはしゃぎっぷりで、アラフォーの女社長は嬉しそうに声を上げた。
「私もこれイケルと思うのよねー。デザインは幾らでも変えられるしー。今回は牛革製でちょっとデザインも価格も気張ったものにしたけどー、安価なビニールコーティングタイプも作りたいなぁと思ってるのよねーーー」
「そうなんですか」
ようやく社長室に呼ばれた理由に得心が行き、文香は「分かりました。今日から使わせていただきます」と答えた。
「あの、でもどうして、私だけでなく主人の分もなんでしょう……」
「そりゃ勿論、男性の方がこういう手軽な商品は使いたがるでしょう? 男性意見は重要だし、あとね……」
麻理子は赤いネイルが施された人差し指を立て、ウフフと意味深な笑いを見せた。
「それを気に入って貰えたら、瓜生さんの旦那さんに、うちの広告塔になってもらいたいのよねぇ」
「え!」
仰天した文香に、「だって瓜生さんのご主人て、すっごいイケメンなんでしょー?」と麻理子は言った。
「おまけに有名な作家さんだって言うし、文具メーカーのモデルとして、これ以上の逸材はいないじゃなーい」
「え、と……、でも主人はそのぉ……目立つことが苦手で……」
「あーら、若い頃はモデルもやってたって聞いたわよぉ?」
「えっ、誰から……」
「白鳥部長よ。挙式の時の写真を見せて貰ったけど、素人写真であれだけ美形なんですもの。プロの手にかかったら、最高にカッコイイ広告が出来るはずよー」
―― 食事会の時、白鳥部長が一紫さんと長く話していたのは、そーいうわけだったのか……。
今更、上司の裏の意図に気付いて、文香はハァと重い息を吐いた。
「……確かに、若い頃はモデルのバイトもしていたそうですが……、今の主人が、この仕事を引き受けるかどうかは、即答出来かねます。それに私も、彼があまり目立つのは気が進みませんし……」
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