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部下の素っ気ない答えにも、しかし女社長は一向に引かなかった。
「あらひどーい。瓜生さんは愛社精神がないのー? 当然モデル料は払うし、けしてご主人のイメージを傷つけるようなものにはしないって約束するわよーーー」
さすがに太陽王と同列視されるだけあり、麻理子は「朕はこの会社の法である」と言わんばかりの強引さだった。
しかし文香も折れなかった。
「分かっています。ですが、依頼を受けるのは主人の意志に任せたいですし、私からその仕事を勧めることはしません。そこはご了承下さい」
「えーっ、何でよぉ。瓜生さんが説得してくれなきゃ、ご主人もウンて言わないかもしれないじゃなーい」
「その時は諦めて、別のモデルを使って下さい」
「ひどーい。瓜生さんてば、オイミャコン村はもう辞めたんじゃなかったのーーー」
「なったつもりも辞めたつもりもありません」
総務のオイさんらしい口調で、文香は冷徹に答えた。
それまで黙って成り行きを見守っていた美由記が、そこでクス、と小さく笑った。
滅多に笑わない孔明の微笑に、麻理子と文香がびっくりしていると、美由記は眼鏡の奥の目を細め、「麻理子、無理強いはダメよ」と言った。
副社長が社長を下の名前で呼ぶのを、文香は初めて聞いた。
「あんまり我儘を言って、瓜生さんがうちを辞めちゃったら、そっちの方が大きな損失なんだから。この件に関しては、彼女の判断に全て委ねましょう。……瓜生さん」
「は、はい」
「ごめんなさいね。この人ってば、自分がいいと思うとトコトン突っ走っちゃうタイプだから。亥年生まれじゃないんだけどねぇ……」
「はぁ……」
どう反応していいか分からない文香に、冷静な副社長は穏やかな笑みを向けたまま、「とりあえず、ご主人には話だけでもしてもらえるかしら」と続けた。
「この商品が実用化するかどうかは、まだ猶予があるし。春のコンペに出す前にでも、お返事くれたらいいから。考えてみて」
「分かりました」
文香が神妙な顔で頷くと、美由紀は膨れ顔の同級生を見て、「あなたもそれでいいわね、麻理子」と言った。
麻理子は教師に叱られた問題児のような顔で、「はーーーい」と不満そうに答えた。
そんな子供みたいな女社長を見て、文香は噴き出しそうになるのを必死に堪えた。
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