第九章【落花流水】

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    ◇  帰宅後、文香はバス停にまで迎えに来てくれた夫に、該当のスマホケースを渡して、さっそく社長室でのやり取りを話した。 「へーっ、そりゃなかなかいい商品だな」  基本、あまり荷物を持ち歩きたくない主義の一紫は、渡されたケースをまじまじと眺め、「デザインも悪くない」と呟いた。 「で、これのCMに俺を使いたいと?」 「はい。主に雑誌やネットに載せる写真広告用のモデルだそうです」 「ふーん……、別にやってもいいけど……」 「え!」  驚く文香に、しかし一紫は続けて「でもここは断った方が無難だろうな……」と呟いた。 「ど、どうして?」 「君があの会社の社員だから」  仲良くスーパーで買い物をしながら、一紫はカートを押す妻を穏やかな瞳で見つめた。 「旦那が会社の広告に使われたら、ますます特別視されるだろうし、これから君が主任以上の地位についたら、別の力が働いた、みたいに思われるかもしれないだろう?」 「あ……」 「だから俺は、君の会社とはあまり関わらない方がいいと思う。有名人の妻だから会社で出世出来たなんて噂が立つのは、君も不本意だろ?」 「……一紫さん」  今の短い時間で、それだけのことを考えてくれた聡明な夫を、文香は敬愛の眼差しで見つめた。  思わず立ち止まり、文香は一紫の左腕をそっと掴んだ。 「凄い……、あなたは本当に、最高の夫ですね……」 「お。ひょっとして、今の言葉だけで惚れ直した?」  冗談めかした一紫の言葉に、文香は笑顔で「ええ」と答えた。 「私いつも、あなたの言葉に励まされたり、気付かされたり、多くのものを受け取っている気がします。あなたの言葉って、何だか魔法みたい」 「そりゃ、作家にとっては最高の褒め言葉だな」  一紫は笑いながら呟き、「けど俺にとっては、君の料理の方がいつも感動するほど旨くて、魔法みたいだけどな」と言った。  またカートを押しながら、文香は嬉しそうにフフッと笑った。 「今日は昨日食べ過ぎたから、簡単におじやですけど。それでも魔法みたいですか?」 「うん、おじやもいい。だけど明日は唐揚げがいいな」  可愛い夫のリクエストに、文香は笑顔で「了解しました」と答えた。  結婚して一ヶ月経つが、二人の睦まじさは変わらず、むしろその愛は日を重ねるごとに深まっていた。  それを実感出来ることが、文香は何より幸せだった。
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