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◇
帰宅後、文香はバス停にまで迎えに来てくれた夫に、該当のスマホケースを渡して、さっそく社長室でのやり取りを話した。
「へーっ、そりゃなかなかいい商品だな」
基本、あまり荷物を持ち歩きたくない主義の一紫は、渡されたケースをまじまじと眺め、「デザインも悪くない」と呟いた。
「で、これのCMに俺を使いたいと?」
「はい。主に雑誌やネットに載せる写真広告用のモデルだそうです」
「ふーん……、別にやってもいいけど……」
「え!」
驚く文香に、しかし一紫は続けて「でもここは断った方が無難だろうな……」と呟いた。
「ど、どうして?」
「君があの会社の社員だから」
仲良くスーパーで買い物をしながら、一紫はカートを押す妻を穏やかな瞳で見つめた。
「旦那が会社の広告に使われたら、ますます特別視されるだろうし、これから君が主任以上の地位についたら、別の力が働いた、みたいに思われるかもしれないだろう?」
「あ……」
「だから俺は、君の会社とはあまり関わらない方がいいと思う。有名人の妻だから会社で出世出来たなんて噂が立つのは、君も不本意だろ?」
「……一紫さん」
今の短い時間で、それだけのことを考えてくれた聡明な夫を、文香は敬愛の眼差しで見つめた。
思わず立ち止まり、文香は一紫の左腕をそっと掴んだ。
「凄い……、あなたは本当に、最高の夫ですね……」
「お。ひょっとして、今の言葉だけで惚れ直した?」
冗談めかした一紫の言葉に、文香は笑顔で「ええ」と答えた。
「私いつも、あなたの言葉に励まされたり、気付かされたり、多くのものを受け取っている気がします。あなたの言葉って、何だか魔法みたい」
「そりゃ、作家にとっては最高の褒め言葉だな」
一紫は笑いながら呟き、「けど俺にとっては、君の料理の方がいつも感動するほど旨くて、魔法みたいだけどな」と言った。
またカートを押しながら、文香は嬉しそうにフフッと笑った。
「今日は昨日食べ過ぎたから、簡単におじやですけど。それでも魔法みたいですか?」
「うん、おじやもいい。だけど明日は唐揚げがいいな」
可愛い夫のリクエストに、文香は笑顔で「了解しました」と答えた。
結婚して一ヶ月経つが、二人の睦まじさは変わらず、むしろその愛は日を重ねるごとに深まっていた。
それを実感出来ることが、文香は何より幸せだった。
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