3529人が本棚に入れています
本棚に追加
/540ページ
◇
章生の言葉通り、宵闇が近付くにつれ客足は引き、5時過ぎる頃には残り客は二組だけとなり、後を喬子に任せ、葉子が自宅階に戻って来た。
彼女は皆が集う部屋に入るなり、ダイニングテーブルに並んで座る一紫と巧真を見て、心底驚いた顔をした。
「あら、巧真。一紫さんと何してるの?」
「んー? 冬休みの宿題だよ。僕ねー、作文がすっごく苦手だから、これだけまだ出来てなかったんだー……」
巧真は学校から渡された大きな升目の原稿用紙を掲げ、「新年の目標を書いて来なさいって言われたけど、目標を考えるのが難しいんだよねー」と、大人びた口調でボヤいた。
「一紫叔父さんはプロの作家で、学校の作文でもいつも表彰されてたんだって。だから僕、叔父さんから作文のコツを習ってたの」
「あらまぁ、すごい。プロに教わることが出来るなんて、良かったわね、巧真」
葉子は笑いながらそう呟き、リビングの次女に向かって、「文香、お母さんすぐに支度するから、タクシーを二台呼んでくれる?」と声を掛けた。
「あ、はい。弥生お姉ちゃんとお義兄さんは?」
「一旦自宅に戻って、着替えてから直接お店に来るって。だからここから、巧真を連れて私達だけで行きましょう」
「分かりました」
姉夫婦がもうここにいない、と知って、文香はホッとしたようなガッカリしたような気持ちだった。
弥生にずっと騙されていた、という事実は、今の彼女の中から消えてはいない。
あんな裏切りを受けたからにはもう、以前のような気持ちで姉に接することは出来ない、と思っている。
だからと言って、無視したり邪険にすることも出来ない。
つまり、どうすればいいのか分からない、というのが情けなくも正直なところだった。
最初のコメントを投稿しよう!