第九章【落花流水】

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    ◇  章生の言葉通り、宵闇が近付くにつれ客足は引き、5時過ぎる頃には残り客は二組だけとなり、後を喬子に任せ、葉子が自宅階に戻って来た。  彼女は皆が集う部屋に入るなり、ダイニングテーブルに並んで座る一紫と巧真を見て、心底驚いた顔をした。 「あら、巧真。一紫さんと何してるの?」 「んー? 冬休みの宿題だよ。僕ねー、作文がすっごく苦手だから、これだけまだ出来てなかったんだー……」  巧真は学校から渡された大きな升目の原稿用紙を掲げ、「新年の目標を書いて来なさいって言われたけど、目標を考えるのが難しいんだよねー」と、大人びた口調でボヤいた。 「一紫叔父さんはプロの作家で、学校の作文でもいつも表彰されてたんだって。だから僕、叔父さんから作文のコツを習ってたの」 「あらまぁ、すごい。プロに教わることが出来るなんて、良かったわね、巧真」  葉子は笑いながらそう呟き、リビングの次女に向かって、「文香、お母さんすぐに支度するから、タクシーを二台呼んでくれる?」と声を掛けた。 「あ、はい。弥生お姉ちゃんとお義兄さんは?」 「一旦自宅に戻って、着替えてから直接お店に来るって。だからここから、巧真を連れて私達だけで行きましょう」 「分かりました」  姉夫婦がもうここにいない、と知って、文香はホッとしたようなガッカリしたような気持ちだった。  弥生にずっと騙されていた、という事実は、今の彼女の中から消えてはいない。  あんな裏切りを受けたからにはもう、以前のような気持ちで姉に接することは出来ない、と思っている。  だからと言って、無視したり邪険にすることも出来ない。  つまり、どうすればいいのか分からない、というのが情けなくも正直なところだった。
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