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その見覚えのある車のドアが開いた。
それは航平だった。
私は戸惑っていた。
どうしてここに航平がいるのか。
離婚届を出したっていう報告なら、メッセージで構わない。
それとも私に何か一言、言っておきたかったのかも。
苦情、文句。
でも航平の表情はそんなに険しくはない。
「紗月、待ってた。迎えにきたんだ」
「えっ、そんなはず・・・・。だって、離婚届は?」
「出してない。だから、俺たちまだ夫婦だ」
母が会釈をして、一足先に家の中へ入った。
二人だけにしてくれていた。
私達はしばらく無言で見つめ合っていた。
私はまだ混乱している。
航平は、私がなにか言うのを待っているらしい。
「もうとっくに提出しているんだと思ってたから・・・・」
「ごめん。ずっと紗月が出ていった理由を考えていたんだ。何が悪かったんだろうって。俺の悪いとこ、全部直す。だから正直に全部言ってくれ。すぐには無理かもしんないけど、絶対に直す。そして、子供、作んなくていい。ただ、紗月と一緒にいたい。そばにいて欲しいんだ」
そんな、学芸会でも絶対に照れて言えないようなことを航平が言った。
なんで・・・・なんで航平が悪いの?
私が悪いのに、なぜ、航平が謝るのか。
そりゃあ、むっとしたこともある。
けど、私だって同じことをしているんだ。
いいところと悪いところを持つ二人が、お互いを許しあって生きていくのが夫婦だろう。
私は航平の腕の中に飛び込んでいた。
「やっぱり航平が大好き」
そして、離婚届を提出しないでくれて、ありがとう。
その後、航平は私の実家で私の焼いた鮭の味噌マヨを食べ、泊っていった。
父も母も、いつもよりずっと穏やかな顔をしていた。
私もちょっとだけ、親になりかけていたから、なんとなくわかる。
子供がうれしいと、親は自分のことよりもうれしいんだろうってことが。
それから翌日、私は航平と一緒に帰った。
今、私は週末だけ実家のいちご狩りの手伝いに通っている。
実家の両親を見直すことができた日々に感謝。
そして私達も前よりずっと夫婦らしく生活している。
もちろん、不平も言うけどね。
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