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あれから1ヶ月。
園部探偵事務所は良いのか悪いのか平和そのものだった。
「おつかれんこーん」
宣伝用のティッシュ配りを終えた多田野さんが寒そうに事務所に戻ってきた。
「れんこーん」
どんなテンションだよ、という挨拶で返す雅文を横目に、事務所に入り込んだ冷えた外気に身体を縮こませた。
「はい、多田野っち、コーヒーどうぞ」
「あんがとー」
「ソノもどうぞー」
「んー…さんきゅー」
何か依頼でもあったら気を紛らすことも出来たんだろうけれど、
仕事もなければヤル気もないオレは、ダラーっと椅子に腰かけたまま時間をやり過ごしていた。
「今日は一段と冷え込んでるよ」
コーヒーをズズ…っとすすりながら喋る多田野さんの姿はまるでおじいちゃんだな。
「雪でも降るかな?」
「どーかな?だとしたら今夜は早目に切り上げる?」
二人がオレに決断しろと言わんばかりにジッと見つめるのを、
「帰りたきゃ帰っていいよ?オレは定時までいるけど」
と突き放した。
定時までいる理由。
それは、彼女がここにやって来るかもしれないから…。
あれ以来、一向に連絡のないスマホを握りしめ、オレから電話をかけてしまおうか悩み、
諦めて机に放り出しては、開くかもしれない事務所のドアを見つめていた。
「こう寒くっちゃー外に出る気も失せるわな」
「そうだね、おれも時間までいようかな」
なんだかんだ言いながらも結局はオレに付き合うように残ることを選んでくれている。
そのことをちょっとだけは感謝しつつ、オレは“来るかもしれない人”を待つ。
そして、今夜も同じように定時までの時間をぼんやり過ごしていた。
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