1人が本棚に入れています
本棚に追加
…森から出られない。
洗面所、くしけずると髪から小枝が落ちる。
冷蔵庫、ドアを開けるとむっとするような草の匂いが立ちこめる。
洗濯物は葉と苔にまみれ、床を歩くと衣擦れの代わりに木の葉の擦れる音がする。
眠れない日々、必死に寝ないようにする毎日…。
そう、あんなところ…いくんじゃなかった。
夢を見れば思い出す。
先週行った森の風景。
昼とも夜ともつかない暗さ、むっとするような熱気、むせかえるほどの草の匂い…。
噂で聞いた心霊スポット。
人が何人も飲まれているという森。
そう、私達は遊び半分でそこに来ていた。
はじめにいなくなったのは友人のお兄さん。
車の運転手だったからみんなで必死に探したら、なぜか木の枝で首を吊っていた。
次にいなくなったのは私の妹。
いつのまにか木のうろに溜まった水に顔を浸して死んでいた。
最後に残った友人は私が二人を殺したとわめいて逃げて、飛び出た枝に足をひっかけて、朽ちてささくれだらけになった幹の中に顔を突っ込み、それきりいっさい動かなくなった。
そうして私は逃げ出した。
どこをどう走ったのかはわからない。
ともかく県道まで自力で走り、偶然通った車に拾われて自宅まで逃げ帰った。
携帯は森の中で落として来た。
両親には未だに怖くて電話もできない。
外に出たくない、いや、出られない。
なぜなら私は…。
…そうして気がつくと、私は暗い森の中を彷徨っていた。
もはやこれは夢ではない、土にまみれたジーンズとぼろぼろのキャミソールがそれを証明している…そう、結局私は逃げられなかったのだ。この森に、この木々に…。
むっとするような草の匂いが周囲に満ちる。
私は疲れ果て、一本の木の側に腰掛けた。
そのとき、ぽとりと何かが落ちた。
見れば、それは一本の小枝。
家の夢を見たときに見た…くしけずった髪から落ちた小枝。
それをつまみ、目の前にかざしたとき私はとうとつに理解する。
…そうか、この森の木々たちは人を選ぶのだ。
自分の好む人間を、自分たちが欲する人間を選ぶのだ。
私の足はもう動かない。
…正直、疲れきっていた。
眠たくて仕方が無い。
私は木の根元に座り込むと胎児のように体を丸め眠る事にした。
その頭上からぱらぱらと小枝が落ちる、まるで私を覆い隠すかのように。
そうして落ちてくる。枝が、ばらばらと、いくつも…。
そうしてひときわ大きな枝が頭上に落ちて来た時、私の意識は地へと沈んだ…。
最初のコメントを投稿しよう!