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 東京での激務に疲れ果てていたのと、さんざんだった恋愛をようやく精算したのを期に、朋紀は、かつて祖母が住んでいたこの古民家に一人で戻って来た。パソコン一台あればできる在宅仕事なので、たまに本社へ上京する時以外は気ままな田舎暮らしを満喫している。クーラー漬けでない、遠くの林にセミの声を聞く夏なんて何年ぶりだろう。 「お待たせ」  氷の入ったグラスひとつを片手に、祥吾が戻って来た。縁からなみなみと溢れそうになっているのがこいつらしい。麦茶の中で奏でられる涼やかな音を耳にすると、喉の渇きがいや増していく。 「ありがとう」  グラスに慎重に口を付け、こぼさないよう少しずつ飲み下す。喉から食道を冷たいものが流れ落ちていき、朋紀は思わず吐息をこぼす。 「はあー……」  心身に沁み渡るとはこのことだ。べたついたままの肌にも、束の間、涼風が吹き抜けていったかのような心地に駆られる。  祥吾はその間、相変わらず素っ裸で扇風機の首振りの範囲を微調整していた。いろいろと気の利く男なのだ。横に戻って来た彼に「悪いな」と声をかけると、「おう」という飾らない返事が返ってくる。そんなところもまた彼らしい。微風が肌をくすぐり、前髪が散らばっていく。 「お前は? 飲まないのか?」 「あー……、やっぱり俺も飲むわ」  彼は差し出したグラスを取り、中身をぐっとあおった。浅黒い喉仏が今度はゆっくり動くさまを、朋紀は横目で見つめる。  祥吾とは小中高と同じだった幼馴染みだが、当時はあまり接点がなかったし、ゲイだということもお互い知らなかった。再開後、懐かしさに任せて連絡を取り合うようになったのと、祥吾が一人暮らししている朋紀の身を案じてたびたび家に通って来るうち、流れでそういう関係になってしまった。  今日も、自宅の農園で育てた野菜を届けに来てくれたところだったのだ。麦茶でも飲んで行けよ、と縁側から家に上げたところ、朋紀がちょうど休憩していたこともあって、まあ、真っ昼間からの情事になだれ込んでしまったわけだ。 「はあー……」  祥吾は朋紀に手の中にグラスを戻すと、畳の上で片膝ついて扇風機の風にまぶたを細める。分かる。むっとする暑さとけだるい余韻の中、他に何もしたくないのだろう。朋紀もまた下着も身につけずに、間延びした怠惰なひとときに身を委ねる。
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